『まったく!人に心配させておいて、放っておいてくれですって?!』


リーマスと別れた後、リリーはひとり眉を寄せ、不機嫌そうな顔をして廊下を歩いていた。
心なしかその靴音はいつもより大きく、人気のない廊下に響き渡っていた。

脇にあるベンチに腰を下ろすと、彼女は何もない床を見つめ、深いため息をついた。

「どうしたんだい、リリー?」

ぱっとリリーが呼ばれた声に視線をあげると、ジェームズがにこっと微笑んで、すぐ側に立っていた。

「なっ、なんで、いつの間に?!」
「さっきからずーっとついてきてたけど、気がつかなかった?」
「ずーっとって、気がつかないわよ!」

眉をあげて愉快そうにしている彼に、リリーは少し呆れた顔をした。

「…まったく、あなたの友人たちのおかげでとんだ騒ぎよ。」
「ああ、」

ジェームズは頷きながら、困った表情をして口の端をあげると、リリーの隣に座った。

「まさかこんなことになるとは僕も思わなかったね。」
「私もよ。のこともリーマスのことも知ってたけど…2人ともおとなしいから、
 まさかとシリウスが付き合うことになるとも思わなかったし、
 リーマスがにあんなことするなんて、到底思えなかったわ。」

そう言いながら、リリーの顔は先程のことを思い出してか、苦い顔になる。
そんな彼女をじっと優しい眼差しで見詰めていたジェームズも、苦笑いをした。

「まあ、リーマスは軽々しくそういうことする奴じゃないから…」
「分かってるわ。ずっと好きだった子が、自分の親友と付き合ってるなんて、
 諦めたフリしても、きっと応えてたんだと思う。」

他にも理由がありそうだけど、とジェームズは思いながらも、
友人思いのリリーのことを、愛しそうに見つめた。

「じゃあもし僕がと付き合ったりしたら、リリーもショックを受けてくれたりするのかな?」
「っ!!なんで私が!」

不敵に笑うジェームズと、ばっちり眼鏡越しに目が合ってしまったリリーは、
不機嫌な声を出しながらも、少し頬を染めて立ち上がった。

「僕はそんな君の強気なところがす…」
「さようなら。」

リリーが彼の言葉を無視して立ち去ろうとすると、彼は慌てて立ち上がった。

「ごめん、冗談冗談。…僕だってこんな状態、早く抜け出したいよ。
 部屋がピリピリしてしょうがない。」
「あなたって、自分がよければそれでいいの?」
リリーが怪訝そうな目で、ジェームズを見下ろした。

「まさか、でもシリウスもリーマスも応援したいけど、最終的に選ぶのはだからね。」
それを聞いたリリーは力なく頷いた。

そう、それが一番心配なことだったのだ。






第11話 意地悪







『お腹痛い…』

嫌な気分だ。心臓がバクバクする。お腹も痛くって、息苦しくって。
は久々にとても緊張していた。朝、自分の部屋から出る、それだけのことなのに。

シリウスと会ったら、いつも通り笑えるかな?
彼は、何も知らないのかな?
―リーマスと会ったら、私、どうしたらいいんだろう。

昨日から、頭の中でそんなことばかり自問していた。
でもいつまでも、部屋に閉じこもってくよくよしていられない。
それは、何の解決にもならないから。



!」
「あ…おはよう」

リリーと一緒に大広間の朝食の席につくなり、先に来ていたシリウスが彼女のもとへ飛んできた。
そして、心配そうな顔をして、の顔を覗き込んだ。
思わずは微笑んだが、視線を彼と合わせることができなかった。

「大丈夫か?調子悪かったんだって?」
「うん、…でも大したことないよ。もう全然大丈夫。心配してくれてありがとう。」

シリウスは少しほっとした表情を見せると、今日はあまり無理するなよ、と言って、
ジェームズたちが座っている場所へと戻っていった。


見ちゃだめ、と思っているのに、は彼の背中を視線で追ってしまった。
その瞬間、視界にリーマスが入り込んでくる。


目が、合ってしまった。



リーマスが何事もなかったかのように、すぐに視線を逸らしたので、
もぱっと視線を目の前のテーブルへと落とした。

心臓が、ドキドキして、指が震えてしょうがなかった。











神様というのは、つくづく意地悪だ。



2限の授業は、占い学だった。
運の悪いことに、少し遅れて教室に着いたとリリーは、空いている隅の席に離れて座るハメになった。
は急いでいて、時間のことばかり気にしていたので、周囲をちゃんと見ていなかった。
だから席について、ふと小さなテーブルを挟んだ隣の人に気付いて、息を呑んだ。

『リ、リーマス…?!』

彼は慌しく座った物音に気付いて、顔をあげて彼女を見た途端目を丸くして、慌てて視線を落とした。
朝と同じように、2人とも目を合わせることができなかった。
教授が生徒たちの前で話を始めても、それは彼らの耳に全く入ってこなかった。

『最悪』


よりにもよって、なんでこんな日に、彼の隣に座ってしまったんだろう。
気まずくてしょうがない。
でもその気まずさなんて、序の口だった。


「―という訳だ。自分の手相を見たら、次は隣の人のも見てご覧なさい。
 分かりにくければ、印をつけながらでもいい。」

リーマスとは、2人とも自分の手のひらを見つめていたが、教授の一言に固まった。
隣の席の人の手相なんて、見れる訳がないのに。


教室がざわめき始めて、みんな同じテーブルを囲んだ人の手相を見始めた。
笑い声が聞こえたり、うーん、とうなった声が聞こえたり。
そんな中、リーマスとは、お互いにしばらく身動きがとれないでいた。
心臓が高鳴って、体が動かないし、声だって出せそうにない。
すると、突然―
 
ドカッ

「ぃてっ!!」


いきなり訪れた背中の痛みに、リーマスは思わず叫んで後ろを振り返った。
教授や生徒たちは一瞬、彼に注目したが、すぐにまたそれぞれの手のひらへ視線を戻した。
リーマスの後ろには、無言で彼を不機嫌そうに睨んでいる、リリーがいた。

『足で蹴るか、普通』

眉を寄せて彼女を見たリーマスだったが、リリーは何事もなかったかのように
隣の席の子の手相を見始めたため、しぶしぶあきらめるしかなかった。
彼がチラッとを見れば、彼女は下を向いて黙ったままだった。

自分のせいなのは分かっていたけれど。
いままで優しく笑ってくれていたとの関係を、自ら壊してしまって。それを今改めて後悔した。


はあなたのこと嫌いになったりしてないわ。
 泣いているのは、自分の気持ちが分からなくて迷ってるからなの。)


彼女の重たそうな瞼を目にして、胸が苦しくなる。

僕は、どうしたらいいんだろう。






「…、」

意を決して彼女の名前を呼んだ声は、震えていないだろうか。


呼ばれたは、びく、と肩を強張らせた。
リーマスは自分を落ち着かせようと、一度息を静かに吐くと、彼女の前に手を差し出した。
















(2008.8.12) リリーがかなり男っぽい。


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