「………ごめんっ…」


しばらくして唇を離したリーマスは、慌てて彼女の体を自分から引き離した。
そして呆然としているを、もう見ることができなくて、その場で俯いた。
彼女も同じように、視線を足元に落とす。
思わず彼が口にしてしまった言葉を、は聞く余裕がなかった。

お互いに、今までに無いぐらいドキドキしていて、全身が熱くなってたまらなかった。
指先に走る、微かな震えが止まらない。
今何が起きたのか、自分たちが今何をしてしまったのか、呑み込むのに少しの時間を要した。

それからすぐに訪れる、とてつもない罪悪感―


「……僕…、」


何か言わなければ。


でも、言い訳なんて、…言えるか?
何て言ったらいいのか分からない。

今の自分の行動に説明なんてつけられない。


体が勝手に動いた。何も考えてなんていなかった。
僕の身も心も、ただただ、彼女を欲していた。

僕の正体を知っても、彼女は、変わらずに僕を見てくれた。
―それは、僕がずっと望んでいたことだったんだ。

彼女を僕のものにしたい。
できることなら、抱き締めて、ずっと離したくない。
僕しか、見て欲しくない。
そんな気持ちが、溢れて、抑えきれなくなってしまった。


愚か者。
彼が思っていた通り、裏切り者は僕のほうなんだ。
こんな気持ちを抱いていたことが、そもそも許されないことだったんだ。
失くそうとしたけど、それは遅かった。


は、シリウスの彼女なのに。
は、シリウスが好きなのに。






第9話 困惑






「おーーーい、リーマスーー?」

遠くから呼ぶ声に気付き、2人とも慌てて今立っていた場所から離れるように、背中合わせになった。
だんだんと声が近づいてきて、温室に2人以外の誰かが入ってきた。

「お、やっぱりここにいた!」
「ジェームズ」

リーマスを見つけて、彼は嬉しそうに笑って歩いてきた。リーマスも無理やり笑みを浮かべた。
そしてジェームズは、リーマスの横にいた彼女にも気付き、驚いた顔をした。
は杖を振って薬草に水をあげ、ジェームズに気付かないフリをしていた。

「…まあ、確かにいいデートスポットだ。静かだし。薬草の匂いがなければもっといいけどね。」

その言葉に、一瞬の肩が小さく揺れた。
呆れた目で自分を見つめるジェームズに、リーマスは顔をしかめた。
ジェームズは目線でリーマスに外に出るように言うと、彼女にわざと大きな声で話しかけた。

、ちょっと彼に用があるんだけど、後は頼んでいいかな?」
「え?!…う、うん、大丈夫よ。」

振り向いて、は笑ってしどろもどろになって答えた。危うくジェームズに水がかかりそうになった。
ニカっと彼は一度彼女に笑うと、リーマスの背を押して温室を出た。




「シリウスに隠れてこそこそやるのは、どうかと思うけどな。」

廊下を歩きながら、ジェームズはぼそっと言った。リーマスは耳が痛かった。

「こそこそなんて、何も、」
「2人ともそんなに顔を赤くしてるのに、何もなかったのかい?」

驚いて、リーマスは自分の頬に片手を置いた。燃えるように、そこは熱かった。
ジェームズはそんな彼の姿を見て、苦笑いをした。

「それがシリウスへの仕返しだって言うなら、別にいいけど。
 でも、どうしようもなくなってるなら、…ちょっと冷静になってよく考えたほうがいいね。」

リーマスは何も言えなくて、彼の言葉に一度頷くと、視線を足元に落とした。
未だ、胸の高鳴りは治まらないままだった。


「呼びに来たのが僕じゃなくてシリウスだったら、確実に君は殴られてたよ。
 …それにしても、あいつは鈍いと思いきや、やっぱり勘はいいのかもな。」
 
こんなどうしようもない状況で、ジェームズはため息をつかずにはいられなかった。
さきほどシリウスに説教をしたのも、全部水の泡になるかもしれないし。










どうしよう…


どうしよう。どうなってるの?どうしたらいいんだろう?

私、

リーマスと、キスをしてしまった。


なんてことをしてしまったんだろう。
リーマスは、友達なのに。
シリウスの、友達なのに。
私は、シリウスと付き合っているのに。

どうしよう。

どうしよう!



は、もう罪悪感で胸がいっぱいで、混乱していて、訳が分からなくなってしまった。
何度も同じことを頭の中で繰り返しながら、自室へと走った。
もう誰にも会いたくなかった。シリウスにも、リーマスにも、とてもじゃないけど会えないと思った。

混乱していたのは、自分の気持ちが一番分からなかったからだ。
あの時、抵抗しようと思えばできたはずなのに、できなかった。
流された。そう思えば簡単なことだった。
でも、その前に彼の腕を掴んだのは紛れも無く、だった。

あんなことになるなんて思わなかった。
目の前でリーマスが泣いていたのに、放っておけなかったから。
余計なお世話かもしれないけれど、本当に、彼の力になりたかった。
いつものように、笑って欲しくて―

何故リーマスは、自分にあんなことをしたのだろう。
彼の気持ちが分からなかった。
でも、知りたいとも思ってしまう。なんて馬鹿なことを考えてるんだろう。
私は、本当にひどい人間だ。

私には、シリウスがいるのに。

今でも、心臓がまだドキドキしていて。
思い出すのは、シリウスとつないだ手の温もりじゃなくて、リーマスに抱き締められた温もりで。
唇に残るのは、シリウスとのキスじゃなくて、リーマスとのキスで。


もう、リーマスのことばかり考えてしまう。




「…どうしよう…っ」

考えれば考えるほど、苦しくて仕方が無い。
悪いことをしたのは、自分なのに、
こんなに涙が溢れてきて、泣いてしまうなんて、なんて私は卑怯なんだろう。




、今は落ち着いて、あまり考え込んじゃだめよ。
 あなただけが悪いんじゃないんだから、そんなに自分を責めないの。」

リリーの温かいう腕に抱き締められて、背中をなでられ、は子どものように泣きじゃくった。
親友の腕の中は、彼女に安堵を与えてくれる。だから、ほっとして余計、涙がこぼれた。
そんなの様子を見ていたリリーは、心の中で苦々しく呟いた。

『なにやってるのよ、…リーマス』
















(2007.12.13) のろのろします。


お気に召しましたら(*^-^*)→ WEB拍手 web拍手


back  /  home  /  next