第8話 交錯





それは、次の日の昼食後のことだった。

「あ〜、さすがにちょっと眠いなぁ。」

授業の教科書や羊皮紙を床に投げ捨てると、ジェームズはベッドに倒れこんであくびをした。
ピーターが、そんな彼の姿を見て面白そうに笑った。

「昨日はどこまで行ったんだ?」
「禁じられた森さ。そこまで遠くには行けなかったよ、君がいなかったからね。」

シリウスとリーマスはいつもと変わらぬ調子に見えたが、今日は朝から、どこかピリピリしていた。
会話を聞いていたジェームズは、ピーターと顔を見合わせた。
なぜなら、それは今日初めて、シリウスとリーマスが交わした言葉だったからだ。

「次は行けると思う。」
「別に…、無理しなくてもいいよ。」

リーマスは気を使って答えたつもりだったが、シリウスにはそうは聞こえなかった。
一度じろ、とリーマスを見ると、彼はごく軽く言った。

「そういや、にお前が人狼だってこと教えたけど、あいつなら口も堅いし問題ないよな?」


リーマスは目を見開いた。
自分の耳を疑った。
それは、彼らの声を聞いていたジェームズもピーターも同じだった。

「……なんでっ…」

信じられなかった。シリウスは、何を言っているのだろう。
こわばった顔でようやくリーマスが声を出すと、シリウスは彼のその表情を見上げた。

「お前のこと、すごく心配してたからだよ。」

かち合った2人の瞳は対照的だった。
シリウスはリーマスに対して、怒りを露にしていたし、
リーマスはただ驚きと悲しみを、その瞳に湛えていた。

「何やってるんだよ!シリウス!!」
言葉を失ってしまったリーマスに変わって、ジェームズが立ち上がってシリウスの胸倉を掴んだ。
しかし、シリウスは顔色ひとつ変えずに、掴みかかる彼を見つめた。

「お前こそ、何でそんなにカッカしてるんだよ。はああいう性格だから、差別したりしない。
 お前だってリリーと親しくなったら、それぐらい話すだろ?」
「!それぐらいって…!」
「信頼できる友人に知られただけだ。
 それとも、それ以外にお前が怒る理由があるのか?」

シリウスは、思わず口を閉ざしたジェームズから、リーマスへと視線を移した。
リーマスは気付いた。シリウスは、と自分のことを疑っている。
彼女のことを好きではなければ、きっとそこまでショックを受けることも無いと、分かっているんだ。

「…君が大丈夫だって言うなら、僕は気にしないよ。」
「リーマス!」

リーマスは微かに口元に笑みを浮かべてそう言うと、部屋を出て行った。
呆然としているジェームズたちを残して。







廊下に出ると、リーマスは走り出した。

溜まらなかった。胸が苦しくて、悲しくて、悔しくて。


裏切られた気分だった。
シリウスを怒らせてしまったのは、確かに自分かもしれない。
でも、いつも一緒にいる彼が、そんなに簡単に秘密をばらしてしまうなんて思っていなかった。

彼女にはもう近づかないように、自分の想いを失くそうとしていたのに、
どうして彼はこんなかたちで、先に僕を裏切るようなことをしたのだろう。
だって、彼女が好きなのはシリウスじゃないか。

それに、が僕の正体を知ってしまったことに、激しく動揺してしまった。
彼女はどう思うだろう。多くの人たちのように、本心では僕を拒むかもしれない。恐れるかもしれない。
が僕のことを嫌ってくれたら、遠ざけてくれるのなら、僕も諦めがつく。
そうしたら僕はまたきっと、シリウスたちと今までのように一緒にいることができる。

でも、嫌だ。

嫌なんだ。

僕は、本当は、彼女に嫌われたくない。




いつの間にか辿り着いていた温室の中へ入ると、リーマスは耐え切れず、静かに涙を拭った。
いろいろな思いが交錯して、彼の頭は混乱していた。
もう、どうしたらいいのか分からなかった。







「また遅くなっちゃった。」

は腕時計を見ながら、その扉を開けた。
できるならば朝来たかったのに、やはり朝は時間に余裕がないのでなかなか来ることができない。
扉を開けて温室の中へ入った瞬間、また先にリーマスが来ていることに気付いた。
いつもと変わらず、彼女は彼に声をかけようとした。しかし、開きかけた口を閉じた。

普段と彼の様子が違う気がしたのだ。
背の高い彼は、背中を向けて、彼女が入ってきたことにも気付いていなかった。
項垂れて、片手で顔をおさえている。

「…リーマス?」

びくりとして、彼は息を呑んだ。
そして少しの間の後、恐る恐る声をかけたを振り返った。普段と変わらぬ笑顔をつくって。
それを見た彼女の胸は、ドキリとした。
彼の微かに赤い目元を見て、彼が先程まで泣いていたのを、知ってしまったのだ。

「やあ、
「……どうかしたの?」
「別に、どうもしないよ」

リーマスはそっけない返事をして、早くこの場から立ち去ろうとしていた。
心配そうに見つめてくる彼女の瞳を、見ることができなかった。

「でも、今、」
「本当になんでもないってば!」

苛立った彼の声に、は身を縮ませた。それに気付くと、リーマスはごめん、と小さく呟いた。
彼女の前にいるのがたまらなくなって、リーマスは足早に温室から出て行こうとした。
しかしすれ違いざま、咄嗟に彼女が彼の腕を掴んだ。
驚いて、リーマスはを振り返った。

「私、シリウスからあなたのこと聞いたけど、怖がったり、嫌いになったりしないよ。
 リーマスの辛さは分からないし、私に何ができるか分からないけど、」

はぎゅっと彼の腕を両手で掴みながら、一生懸命、彼の瞳を見上げて言った。

「私でよければ、力になるから何でも言って。
 リーマスが、私を励ましてくれたみたいに、私もあなたの力になりたいから。」


ああ。

なんでそんなこと言うんだよ。
そんなこと、言わなければよかったのに。
僕のことを嫌いになってくれればよかったのに。

そうしたら、この気持ちを諦められたのに。




次の瞬間、はリーマスに抱き締められていた。

「リ、リーマス?!」

突然の出来事に、彼女自身も何が起こったのかすぐに分からなかった。
だが彼に抱き締められていると分かると、驚きの声をあげた。
リーマスは顔を彼女の髪に埋めたまま、強い力で彼女を抱き締めて動かない。
彼の鼓動と温もりが伝わってきて、の胸もドクンドクンと高鳴り始めた。

「…リーマス…」

彼女がどうしたらいいか分からずに、再び小さい声で彼の名を呼ぶと、
彼は少し体を離し、彼女の顔をごく近い距離で覗き込むようにして見つめた。
頬を染めたは、いつの間にか潤んだ瞳で、日に照らされ透き通った彼の瞳を見上げた。
それは、とても綺麗な瞳で。リーマスはどこか苦しそうで、切ない表情をしていた。

はこの時、シリウスのことも何もかも、考えることができなかった。
心臓の音がうるさくて、胸が何か熱いものでいっぱいになって、それどころではなかったのだ。


リーマスが動き出すのと同時に、彼女はゆっくりと、震える瞼を閉じた。














(2007.12.10) あああ、ぐちゃぐちゃになってきました。


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