ああ、僕は何をやっているのだろう。

と談話室へ戻ったとき、シリウスの見せた表情が忘れられない。
もしかして、気づかれてしまったかもしれない。
僕が彼女に好意を持っていること。


だめだ、これ以上彼女に近づいてはいけない。
彼女はシリウスと上手くやっていればいい。
僕はそれを遠くから見ていて、応援してあげなきゃいけないんだ。
一時的な想いに、惑わされてはいけなかったんだ。


彼女への淡い気持ちなんて、シリウスたちと一緒にいるためなら捨ててもいい。
彼らは、僕のために、僕のせいで動物もどきになった。
シリウスたちのおかげで僕は、諦めていたはずの幸せな学生生活が送れているのに。

かけがえのない友だ。
それを、僕は絶対に失いたくないんだ。






第7話 嫉妬






「あれ、シリウス?どこか行くの?」


だんだんと冬の風が吹き始めたある夜、シリウスは私服のジャケットの上にマフラーを巻き、
ベッドから立ち上がった。隣のベッドの上にいたルームメイト、ピーターが驚いた顔をしていた。
リーマスは落ち着かないのか、本を手に読んでいるフリをしていたが、聞き耳を立てているようだった。
ジェームズも寝そべっていたベッドの上で、眼鏡を光らせる。

「おいパッドフット、今日は満月だよ?」
「分かってる。悪いけど俺今日はパス。」
「パスだって?」

シリウスの後姿を見ていたジェームズは、にやっと笑いながら立ち上がり、彼に近づいた。
彼は少し冷めた目で、ジェームズを見返した。

「そんなこと、今まで一度もなかったじゃないか。
 月に一度の大冒険に行かないなんて、いろいろ計画だってしてるのに。一体どうして、」
「今日はの誕生日なんだ。」

一瞬、ジェームズの動きが止まった。

「あ、そう。それじゃあ…仕方ないか。
 僕らからもおめでとうって、彼女に言っておいて。」
「ああ。」

短い返事をしてシリウスは部屋から出て行った。
ジェームズは振り返り、少しがっかりした表情で言った。

「今日はそんなに遠くまでは行けないな。」
「…いつも4人一緒だったからね。」

ピーターの一言に、ジェームズはため息をついて、ベッドへと戻った。
リーマスへと視線をやれば、彼はただページの一点を、ぼうっと見つめているだけだった。
やるせない思いを抱えているはずなのに、そうやって彼は、その思いを隠し続けていた。





「これ…、私に?」

ホグワーツからこっそりと秘密の通路を抜け、シリウスはをホグズミードへと連れ出していた。
彼とテーブルを挟んで座っていたは、目を輝かせて、
嬉しそうに箱の中から可愛らしいネックレスを取り出した。
キラキラと輝くそれは、星を模られた小さい宝石がついていて、とても素敵なものだった。

嬉しかったけれど、は内心、少し戸惑っていた。
シリウスから、こんなに素敵なものを私がもらっていいのだろうかと。
けれど、が彼を見上げれば、彼は本当に優しく、彼女に微笑んで頷いた。

「ありがとう、シリウス。すごく素敵!」
満面の笑みを彼女が向ければ、彼は得意そうにして言った。
「俺がつけてやるよ。」
「え、あ、うん。」

ベタなシチュエーションだったが、ハンサムなシリウスがする仕草は、とても様になっていて。
彼は立ち上がり、の背にまわると、ネックレスを手にとった。
恥ずかしそうに、彼女は髪が邪魔にならないように肩へと流した。
露になったの首筋に、一瞬シリウスはドキリとした。
彼は珍しく緊張していたが、は俯いていたため、それには気付かなかった。

「よかった、よく似合う。」
「ありがとう。」

自分の席に戻ったシリウスは、彼女の首もとにある自分からのプレゼントを見て、目を細めた。
いつの間に、彼女に対してこんなに独占欲が強くなってしまったのだろう。
目の前にいるが、ずっと今みたいに自分に笑いかけてくれたらいいな、とシリウスは思った。




こうして、2人で他愛ない話をして、どんどんと時間が過ぎていった。
帰り道、秘密のトンネルへと向かう町中を行く彼らを、月明かりが照らし出していた。

「わぁ、綺麗」

ふいに夜空を見上げたが、白いため息をこぼした。
シリウスも彼女につられて立ち止まり、同じように光り輝く満月を見上げる。
星空の中に、綺麗な丸い月が、穏やかに微笑みかけているようだった。
あいつらはどうしてるだろうか、という思いが、ふと彼の頭の中をよぎった。
それから、また2人は歩き始めた。

「…なあ、。…この前は、その、ごめんな。
 お前の気持ちも考えないで、俺、一人で突っ走ってた。」
「え?…そんな、私のほうこそごめんね。ちょっと、びっくりしちゃって…。
 あの、ああいうこと、初めてだったから…」

突然のシリウスの謝罪に、はこの前のキスのことだと分かると、困ったように笑った。

「これからはに合わせるよ。俺は馬鹿みたいに焦っちまうし。」

は驚いて彼を見上げた。初めて聞いた。彼が、自分に合わせるだなんて。
シリウスは彼女の左手をとると、月明かりに照らされた顔でにやっと笑った。

「ま、手を繋ぐぐらいは許してもらえるかな?」
「シリウス…」

繋がれた手は、とっても温かくて。
彼がこんなにも自分に優しくしてくれることが、にはとても嬉しく思えた。
同時に、申し訳ない気持ちも溢れてきてしまって、彼女はそれ以上、何も言えずにただ微笑んだ。

『こんな私で、ごめんね』






シリウスとがホグワーツに戻ったときには、もう時計の針は12時をまわっていた。

「すっかり遅くなっちゃったね。」
「悪いな。リリーが心配してるだろ?」
「大丈夫よ。もう寝てるかもしれないし、ちゃんとシリウスと出かけるって言ってあるから。」

見回りのフィルチに見つからないように、シリウスはしっかりとルートを決めて廊下を歩いていた。
こんなスリルもいつものことだから、どうってことはない。

「シリウスも平気?」
「俺は男だし、何していようがあいつらは心配なんてしないよ。」
「そうなの?」

は可愛らしくフフッと笑った。そして、ふと思い出したように口にした。


「そういえば、リーマスって今日もなんだか具合悪そうだったけど大丈夫かな?
 最近気付いたんだけど、たまに授業も休んでるよね。」


シリウスの顔から笑顔が消えた。
立ち止まった彼を不思議に思い、は首を傾げた。

「?…どうかした?」


せっかくいい気分だったのに、今の彼女の一言に、全て壊されてしまったような気がした。
ひどい独占欲だ。無性に胸が苦しくて、腹が立って仕方がなかった。

なぜ今、この場所で、彼女はあいつの名を口に出すのだろう。




「…あいつが具合が悪いのはいつものことさ。特に満月の晩はね。」

搾り出した声が、妙に情けなく廊下に響いた。

俺は最低な奴だ。
目の前にいる彼女のことでもなく、大切な友人のことでもなく、ただ自分のことだけを考えていた。

「どういうこと…?」


冷静ではいられなかったんだ。

胸を渦巻く嫉妬が、全てに勝ってしまったから。














(2007.12.10) なんだかとてもシリウスが怖い人に(汗。


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