ルームメイトがみんな寝静まっている部屋で、
はぼうっとしながら着替えを済ませ、ベッドに潜り込んだ。


さっき、シリウスにキスをされた?
うん、そう。それは確かに起きたことだ。

でも、なんだかよく分からなかった。
よく分からなくなってしまった。

普通、好きな人にキスされたら、もっとドキドキして、嬉しいものじゃないかって。
そう思っていたのに。


私は彼が好き。そのはずなのに、なんでこんなに嬉しいはずのできごとが、
こんなにも複雑な気分にさせるんだろう。嬉しいどころか、なんだか悲しくて。
私がどこかへんなのかな。

ああ、なんで涙も出てきてしまうんだろう。


この時、心のどこかで、私は分かってしまったのかもしれない。
シリウスに対する憧れという気持ち。
それは特別なものだけれど、でも"好き"とは少し違うってことに。






第6話 胸騒ぎ





温室にあるマーガレットに、水をあげに行くのがの習慣になっていた。
花が咲くのはまだ先だけれど、祖母からもらった大切なものだったから。
それに、何よりこの温室の静けさが、彼女も気に入ったようだった。

「リーマス、昨日は私の代わりに水あげてくれて、ありがとう。」

リーマスがいつものように温室へ入ってくると、先に来ていたが満面の笑顔で言った。
彼は少し照れ隠しをしながら、微笑む。
たまにが温室へ行くのを忘れていると、代わりに彼が彼女のマーガレットに水をあげていたのだった。
この日は彼女のほうが、他の薬草にも水を撒いていた。

「僕のほうこそ、ありがとう。」

はニコッと彼に向かって笑うと、また杖の先を振って、続きを始める。
今では彼女も、こうしてリーマスと気軽に話せるようになっていた。
彼自身、シリウスの手前、少し後ろめたい気持ちがあったが、
思いを寄せている彼女が笑いかけてくれる、それだけで嬉しくて、温室へ来るのが楽しみになっていた。
例え彼女が彼のことを、"シリウスの友達"としか思っていなかったとしても。


「…最近元気ないってリリーから聞いたけど、何かあったの?」
「え?」

思わず手をとめて振り返ったを、彼はじっと見つめていた。

「元気ないなんて、そんなこと…」

確かに、先日のことがあってから、どこかで迷いながらいつもと変わらないフリをしていた。
だからきっとシリウスも、周囲の友人だって気付いていないと思っていた。
でも、リリーの目はごまかせなかったようだ。目の前にいる、リーマスも。


なんでだろう。
は、何故だか分からなかったけれど、リーマスの優しい瞳に見つめられると、安心できて。
彼なら、馬鹿みたいなことを言ったとしても、笑わずに聞いてくれるような気がした。


「…私…、卒業したら、闇祓いになりたいと思ってたの。
 でも最近、やっぱり向いてないんじゃないかなぁって思って。」
「なんで?」

笑いもせず、リーマスはむしろ真面目な表情を崩さず、そう言った。
思わぬ反応に、杖を指先で遊ばせていたは少し驚いた。

「だって、私ってば何をやっても遅いし、飲み込み悪いし。
 シリウスみたいに何でもできて自信がある訳じゃないから…」
「あいつだって、何でもできる訳じゃないよ。不器用なところもたくさんある。」

尻すぼみになっていく彼女の声を聞くと、リーマスは優しく微笑んだ。
信じられないといった表情で、は顔を上げた。

「対面的に派手なことやるから目立つし、確かにシリウスもジェームズも優秀だけど、
 何も努力してきていない訳じゃない。彼らがそんな素振りを見せないだけなんだ。
 ジェームズはリリーの前だと上手くしゃべれないし、これは内緒だけど、
 シリウスは入学した当初、靴の紐を自分で結べなかった。」
「ほんとに?」

は思わず笑顔になって、噴出しそうになった。
リーマスも笑って、肩をすくめた。

「でも今じゃ、リリーと上手くいきそうだし、靴の紐も自分で結んでる。」
「リーマス、それってすごい極端な例よね。」
「だってそういうものだろう?やりもしないで、思い込みで諦めるなんて勿体無いよ。
 チャンスがあるんだったら、やってみなくちゃ。」

さらっと言った彼の言葉に、はとても励まされた。嬉しくて、涙が出そうになる。
彼女は一度頷いて、今度は明るい声で返事をした。

「うん、そうだよね。ありがとう、リーマス」









「なあ、リリー。最近あいつの様子、おかしくないか?」
「あら、シリウスも気付いてたの?鈍感だから気付いてないかと思った。」
「お前…」
「シリウス、リリーを睨むのはやめてもらおうか」
「あなたが入ってくるとややこしくなるから、邪魔しないで頂戴。」

リリーにぴしゃりと言われ、大人しくなったジェームズを同上の眼差しで見るシリウスとピーター。
生徒たちは授業の合間に、談話室のテーブルを囲んで時間をつぶしていた。

「確かに…なんか元気ないのよね。たまに上の空だし。いつもみたいに相談してこないし。」
「やっぱり」

俺のせいだ、なんてシリウスが口にできなかったのは、リリーの彼を見る眼差しが痛いほどだったから。

「何か思い当たることがあるのかしら?」
「お前に関係ないだろ」

そっけなくシリウスはそう言って、居心地の悪くなった談話室から廊下へと出ようとした。
そのとき、ちょうど反対側からグリフィンドールの扉が開けられ、彼と鉢合わせた。


「シリウス」

思わず名前を呼ばれた彼も、談話室にいたリリーたちも少し驚いていた。


「…なんだ。2人とも、一緒だったのか?」
「うん。育ててるお花に水をあげにいったら、たまたま一緒になって。」

普段と変わらない、可愛らしい笑顔をシリウスに向ける
シリウスはリーマスへちらりと視線を向けた。
すると、一瞬目があったが、彼はさりげなくその視線を外し、ジェームズたちのほうへ歩いていった。

シリウスは胸騒ぎがした。
彼女はいつの間にか、元気を取り戻している。
自分の知らない間に。


「どこか行こうとしてた?」
「ん、いや」

彼も、いつもと変わらぬ優しい笑顔を彼女に向けるよう努めた。

「あのね、温室って結構心が落ち着くんだよ。
 今度シリウスも一緒に行ってみない?」
「ああ、たまにはいいかもな。」




まだ一度だってシリウスはに、自分の気持ちを告白したことがなかった。
でもは、それが彼女を不安にさせているのだということも、
シリウスが、本当に彼女を好きになり始めていることにも、気付いていなかった。
もちろん、リーマスの気持ちにも。



彼らの中で、確実に何かが変わろうとしていた。














(2007.12.9) だんだん書きやすくなってきた!シリウス好きの方、甘くなくてごめんなさい…


お気に召しましたら(*^-^*)→ WEB拍手 web拍手


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