同い年だけど、年下といるみたいで、
それぐらいは穏やかで従順な女の子だった。
確かに、ジェームズの言っていた通り俺のタイプではなかったが、それは今までの話だ。
いつの間にか、こういうのもいいのかもしれない、と思うようになった。

俺が話し始めれば、熱心に聞いてくれる。
見つめれば、恥ずかしそうに目をそらす。
名前を呼べば、嬉しそうに顔を上げる。
手をつなげば、頬を赤くしてはにかむ。

ひとつひとつの動作が、どれもとても可愛くて。
なんでそんなことで感動するんだ、と人は思うかもしれない。
でも、彼女の中心にはいつも自分がいる、そう思えて、俺はすごく嬉しかったんだ。






第5話 キス






「ごめんね、いつもこんなことばっかりで…」

とても申し訳なさそうに、はシリウスの顔を窺いながら言った。

「ばか、気にするなって言っただろ?」
彼がの頭をぽんぽん、と軽くたたくと、彼女は少し安心したように笑った。

夜も更け、談話室はシリウスとの2人だけになっていた。
彼らの目の前にあるテーブルには、羊皮紙や教科書が散乱している。

「俺が好きで勝手に手伝ってるだけだし。」

勉強しなくとも成績優秀なシリウスとは対照的に、は授業の内容を理解するのが遅かったが、
それでもこつこつと積み重ねていく努力家だった。
だから、最近ではそれに気付いたシリウスが、勉強をする彼女の隣にいることもしばしば。
一緒に教科書や羊皮紙とにらめっこをしていて、周りの生徒からもからかわれたりした。
シリウスが勉強する姿なんて、そんなに見られなかったからだ。

「こうやって2人で勉強するのも、なかなか楽しいぜ?」
「ありがとう」

微笑むシリウスに、も嬉しくて笑顔になる。


「でもまあ、ほんとよくやるよなぁ。」
「私、たくさんやらないとみんなに追いつけないんだもの。
 それに比べて、シリウスってすごいよね。勉強だけじゃなくて、何でもできちゃうし。」

かっこいいし、とまでは、とてもじゃないがは言えなかった。
優秀だけどそれを鼻にかけない彼に、彼女は憧れていた。
こうして側にいてくれることは、嬉しかった。

「そういえば、進路指導あったでしょ?
 シリウスは、卒業したらどうするとか、決めていることある?」

は前から興味のあったことを口にした。すると、シリウスは、なんだかすっきりしない表情になった。
あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。

「そうだな…特に今のところ、これと言って決まってないな。
 やってみたいことはいっぱいあるけど。…は?」

泳がせていた視線を彼女に落とすと、シリウスは何気なく聞いた。
聞かれたは、一瞬、少し戸惑った。言おうか言うまいか、この時迷ったのだ。

「私は…」

こんな臆病で優秀でもない自分が、シリウスの前で言えるわけがなかった。
彼は何でもできてしまう人だから、一緒にいると、どこか自分に引け目を感じてしまっていた。
彼が馬鹿にするとは決まっていないのに、はどうしても口に出せる気がしなかった。

―私は、闇祓いになりたい、なんて。


「…私も、…まだ決まってなくて。」

「そっか」


シリウスは特に気にした様子もなく、頷いた。
は視線を手元の羊皮紙に落とすと、自分がとても情けなくて、ダメな人間に思えた。
成績だってぎりぎりな上に、闇祓いになるための資質だって足りないと、教授から言われた。
それでも、あきらめることができずに、いまだ目標を変えずにいる。

でも、こんな近くにいる彼―シリウスに、堂々とその目標を言えないなんて。

それが、自分の性格の問題なのか、それとも違う理由なのか、自身にも分からなかった。




「おい、?」

視線を落とし、押し黙ってしまった彼女に、彼が心配して声をかけたその時、
談話室へと続く階段から、誰かの足音が聞こえてきた。


リーマスが、泣きべそをかく1年生の男の子の肩を押しながら、階段を下りてきた。
彼はシリウスたちの存在に気付いて、一瞬足をとめた。

「ごめん。邪魔して」
「何言ってんだよ。どうかしたのか?」
「ああ、ちょっとね。」

リーマスはシリウスたちとは離れた席に、1年生と一緒に座ると、何事かを話し始めていた。
しゃくりあげる男の子の背中を、優しく叩いてあげながら。
何を話しているかは分からないけれど、下級生の面倒を見る彼の姿は、にはとても微笑ましく思えた。
そんな彼を見て、は思わず穏やかな顔つきになってしまう。
その表情の変化を、隣のシリウスに見つめられていることには気付かずに。




やがて眠りこけた1年生を背に負ぶって、リーマスは談話室を出て行った。
彼らを微笑んで見送っていたが、ぽつりと言った。

「監督生って大変ね。」
「別に、あいつは監督生だからって訳じゃない。
 監督生じゃなかったとしても、きっとああやって面倒みてやってるさ。」

―ああ、何余計なこと言ってるんだ、俺。

「そっか、そうだよね。」

自分の言ったことに軽く後悔しているシリウスをよそに、は感心したように頷いた。
そして、机にちらかった荷物を片付け始めた。私たちもそろそろ帰ろう、と言って。
それぞれの部屋へと別れる階段の前で、シリウスは立ち止まった。

「なあ、、」
「?」

振り向いて見上げたを、彼は見つめた。
そして、不思議そうな表情をしている彼女の顔に、自分の顔をそっと近づけた。
は、あまりにも近くにシリウスの端正な顔が近づいてきたものだから、驚いて、咄嗟に目を瞑った。
その瞬間に、唇に柔らかい感触が伝わる。

それが離れた後、彼女は恐る恐るまぶたを上げてみた。
目の前で、ごく至近距離で、シリウスが微笑んでいる。お互いの吐息がかかってしまいそうな距離だ。

「おやすみ」

半ば呆然として彼を見上げていたは、我に返ったように下を向き頷いて、おやすみ、と小声で言った。
シリウスと離れると、彼女は一目散に階段を駆け上がっていった。



そんな彼女の反応を見たシリウスは、苦い顔をして、

「やっちまった…」

と呟いた。







嫌な予感がした。

さっきのは、俺には見せない瞳をして、微笑んでいたから。

だから、焦ってしまったんだ。

焦るとろくなことがないと、分かっているのに。


俺は柄にもなく、心の中でこう思った。
それが、俺の気のせいでありますようにと。














(2007.12.8) 言いたいこと言えるのと言えないのとでは、随分ちがいますよね。ああ、なんか親世代書きにくい(汗。


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