例年より少し早く、暑い日が続いていた。
期末試験直前ということもあり、生徒たちは外で遊ぶこともできず、
普段の授業を受けながら、試験勉強をしなくてはならなかった。
教員たちも生徒たちと同じように、学期末試験、O.W.L.やN.E.W.T.の準備に追われていた。

「先生ー!僕たちにも教えてください!」
「じゃあ君たちはこっちに座りなさい。えーと、どこまで話したかな…」

涼しい木陰に座っていたルーピンの周りには、いつの間にか教科書や羊皮紙を持った生徒たちで溢れていた。
気持ちのよい風に吹かれる屋外では、生徒たちの顔も活き活きとしていて、
それを見るだけでルーピンは嬉しかった。熱心に勉強しようという姿勢も。

その場にいる生徒たちに少し問題を出して、短い時間を与えている間、
ルーピンはふと、背中に誰かの視線を感じ、そっと振り返った。


振り返った先にいた彼女は、何も見ていなかったかのように、もう廊下を歩き始めていて、
その横顔を見るとまたルーピンの胸は、切なさと寂しさにちくりと痛んだ。
あれから幾度目になるか分からない、微かなため息を吐いて。


彼女に伝わったのだろうか。
もう十分身勝手なことをしてきたから、これ以上を追い詰めるようなことはできない。
だから、彼女が答えを出すまで、私は待ち続けたいと思った。





Believe in you.

第35話 廻りはじめた時





『あー、もう、何やってるの私ってば!』

自室のベッドの上で膝を抱えると、は頭をうずめた。


私の勘違いじゃなければ、リーマスは私のことを許してくれていて、
謝罪までしてくれて、もう一度やり直そうとも言ってくれた。

(私はもう、逃げたりしないから)

私が甘かった。彼のこと、自分がしていることをちゃんと分かっていなかったから、
リーマスをあんなふうに傷つけてしまって。それが、結局自分に返ってきたんだ。

傷ついたり、傷つけたりするのを恐れていては、何もできないと分かっているのに。
彼はもう目の前の現実を受け入れて、その先のことに目を向けている。
いつまでも答えが出せない私のことを、待ってくれている。
私がこうやって、いつまでもうじうじと考えていたって何にもならない。
でも迷いがあるのは、私は未だに人狼に対する恐怖を拭いきれていなくて。
そんな自分が許せなかった。
リーマスを、そして自分を信じて、彼と同じように私たちのことを前向きに考えられればいいのに。

まだ、リーマスのことが好きだから。




コツコツ、という音にははっと顔を上げた。
淡いピンク色の体を動かして、ふくろうのフィッチが鳥籠から彼女を見つめていた。

「ああ、そうだった。ブラックのところに行く時間よね。」

バスケットをフィッチに持たせて窓から見送った後、は自分のデスクへと向かった。
デスクの上に置かれた古い羊皮紙に視線を落とすと、じっと探るように見入った。
連日のように、ルーピンに借りた忍びの地図を見るけれど、一向にペティグリューの名前は見つからなかった。
ネズミの姿では地図に載らないのかと思ったけれど、生徒たちのペットの名前は浮かんでいる。
生徒のいる寮の中や、禁じられた森の中まで見ることができないのが問題だった。

「ほんとに、もうどうしよう…」

ペティグリューも見つからないし、教師になって初めての試験もあってとても忙しいし、
何よりルーピンとのことが頭から離れなくて、の心は落ち着くことがなかった。






それは試験の最終日、突然に訪れた。



やっと5学年分の試験が終わり、どっと疲れた体をは椅子に沈めた。
試験自体は終わってほっとしているが、まだ半分も採点し終わっていなかった。
デスクには試験で出したエッセイが山のように積まれている。
彼女は思い出したように、最近見ていなかった忍びの地図をぼんやりと見つめた。

「…あ…!」

背もたれから勢いよく起き上がったは、身を乗り出してその地図を見つめた。

「…いた……」

椅子から立ち上がったは、震える手で羊皮紙を掴んだ。
心臓がバクバク音を立てて鳴っている。さっきまでの疲れがなかったかのように、彼女は興奮していた。

「彼の話は本当だったんだわ!」







自身の研究室で、採点表をまとめていたルーピンは、慌しいノックの音に走らせていた羽ペンを止めた。

「リーマス!!」
「!…?!」

驚いて急ぎ足で入り口のほうへ向かい、ドアを開けると、
が彼の胸になだれ込むようにして部屋の中へ入ってきた。
咄嗟に彼女の体をルーピンが支えると、はルーピンの袖を掴んで顔を上げた。

「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「私見つけたんです!!ブラックは無実だった!彼は嘘をついていなかった!」
「何だって?落ち着いて、。落ち着いて話してくれ。」

切らした息を整えるよう努めながら、は震える手で自分のローブから忍びの地図を取り出した。
ルーピンはドアを閉めると、彼女が指差す箇所を見た。

「…まさか…!」
「ピーター・ペティグリューは生きていたんです!ブラックは、スパイなんかじゃなかった。
 誰も殺してはいなかったんです。彼は、ペティグリューを見つけるために脱獄して、ホグワーツへ」
「そんな、…じゃあ君は、…ピーターがスパイだったって言うのか?ジェームズ達を裏切ったのも?
 待ってくれ、なんで君がそんなことを知って…」

地図で見た名前も信じがたいのに、さらに彼女の言葉に困惑するルーピン。

「私の知らないうちに、シリウスと会っていたのか?」
「リーマス!今はそんなこと話している場合じゃないんです!
 さっきブラックにこのことを知らせたから、きっと彼はすぐにでもペティグリューを捕まえにやって来ます。
 彼の無実を証明するチャンスなんです!
 あなたなら、今私が言ったこと、全部信じて彼の助けになってくれますよね?」
「私は…、」

ルーピンは眉を寄せながら地図を見ていた。
ペティグリューの周りにはハリーたちがいて、それからものすごい勢いで近づいてくるブラックの名前があった。
の真摯な瞳を見返して、彼は頷いた。彼女を疑う理由はなかった。

「分かった。詳しい話は後だ。私は今すぐハグリッドの小屋へ向かう。」
「私もっ」
「だめだ。君はここにいること。いいね?」

ルーピンは忙しい口調でそう言うと、不安そうに見上げてくるの頬に一度軽く触れ、部屋を後にした。
有無を言わせない彼の雰囲気に、は頷いてその場に立ち尽くしていた。


自分が行っても足手まといにしかならないのは分かってる。
だから、彼らの無事を祈ることしかできなかった。

『どうか、うまくいきますように…』


それからその声が聞こえてきたのは、ほんの間も無くだった。


「そこで何をしている?」














(2007.9.24) さあいよいよラストスパートです。


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