「わー!ちょっと止めなよ、飲みすぎだってば!」
「止めないでっ、たまには飲んだっていいでしょ!
 学校にいたんじゃ全然飲めないし、グチを聞いてくれる人だっていないしっ」

新たにワインのボトルを開け、グラスに注ぐ彼女を慌てて止める友人の姿。
店の奥の席で、何時間にも渡るやりとりを、店主のマダム・ロスメルタが笑いながら見守っていた。

「あんたそんなこと言って、お酒弱いくせに。学校に戻れなくなるよ?」
「いっそのことそうなってくれたほうが有難いわ。」
、教師の自覚ある?」
「ああ、もう!今は教師とかそういうのは関係ないのよ、トンクス!」
「あら、そうですか」

顔を赤くして膨れっ面のの額を、トンクスはペチペチと叩いてからかった。
ピンク色のショートヘアの彼女とは、学生時代からの親友だった。




Believe in you.

第32話 ラスト・チャンス





久しぶりに時間ができたから会おう、とパブ『3本の箒』に呼び出されてきてみれば、
の話を延々と聞かされ、お酒に付き合わされてしまったトンクス。
以上に忙しい闇祓いの彼女だが、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。

「まったく、あんたたちって面倒くさいよね。」
「面倒くさい?」
大分酔いがまわって、とろん、としているに、トンクスは呆れた顔で言った。

「だってお互い好き合ってるのに、なんで別れたりしたの?
 自分の気持ちに素直に従えばいいのに。」
「…だって、しょうがないんだもん。それができたら苦労しないわよ。」

立てた腕に顔を乗せ、はぽーっとグラスを見つめたまま言った。
その横顔は、とても寂しそうだった。

「ほんとにしょうがないの?ね、、諦めるの早いんじゃないの?」
「私だって諦めたくなかったけど、…もう何したってダメなの。
 リーマスが私のためを思ってそう望んでいるなら、私はそれを尊重したい。」

はまた少し涙声になったかと思うと、机に突っ伏してしまった。

「…も〜、人がやっと諦める決心がついたっていうのに…」

ボソボソ、といじけた声が聞こえる。
そんな彼女の頭をよしよし、と撫でてあげながら、トンクスはお人好しのに対し、小さいため息をついた。

『なにが尊重だよ。』







 


「はいっ」
「…は?」

ルーピンは、目の前に差し出されたものを呆然として見つめた。

「受け取ってくださいよ、このお荷物。」
「ちょっと、君の守護霊が言ったことと随分違うじゃないか。」

こんな吸魂鬼もうろついて見回っている夜更けに、見知らぬ守護霊に呼び出され、城の玄関に息をきらせながら来てみれば、
会ったことの無い派手な頭の若い魔女が、を背負ってルーピンを待っていた。
差し出されたお荷物の当の本人は、ぐったりと気持ち良さそうに寝入っていた。

「よかった。ほんとは来てくれないかと思ってたからさ。
 私これから仕事に行かなきゃいけないから。…こんな夜じゃなきゃ先生たちに挨拶するのになぁ。」

そう言いながら、トンクスはルーピンに背を向け、強引にを落とそうとした。
「おい!」
ルーピンは慌てて、彼女の背からずり落ちるを受け止めた。

「言っておくけど、飲ませたのは私だけど、飲む原因はあなたなんだよ?」
振り返り、トンクスはにかっと彼に笑いかける。

「私、ルーピンさんのことあんまり知らないけどさ。
 あなたが思い込んでるほど、人狼ってこと知っている人は、そのこと気にしてないと思うよ。
 知っていてそれでも側にいるのは、みんなあなたが好きだからだよ。」
「……」
「あなただって好きで人狼になった訳じゃないし、だって好きで人狼が怖くなった訳じゃないでしょ?
 この子は、それを何とかしようとしてるのに。
 …ルーピンさんも変わらなきゃ、自分のことだって、この子のことだって、幸せにできないんじゃないかな。」

爽やかにそう言うトンクスを、ルーピンは雷に打たれたような顔をして見つめた。

「ラスト・チャンス。
 にまだ気持ちがあるんだったら、彼女の幸せって何か、もう一度考えてみてください。」

笑顔を崩さず言い終わると、じゃあよろしくと手を振って、トンクスは敷地の外で姿を消した。
何も言えなかったルーピンと、大切な親友を残して。








は自室のベッドに横にされても、まだほんのり赤い顔をして、寝息を立てていた。
彼女を1階から運んできたルーピンは、そんな彼女を見下ろしてため息をついた。
先程の魔女から言われた言葉が、頭を離れない。

自分勝手な感情に、惑わされる。そんな自分が嫌だった。



自分の思い込みだと、分かっていた。
私と一緒にいても、彼女は幸せになれないと、自分に思わせた。
のために、彼女を傷つけないために離れようと思った。

でも、本当は、それは彼女のためではなく
私自身が傷つきたくないから、自分に言い聞かせただけだったんだ。

最低だ。

彼女を傷つけたくないと言いつつ、一番私が彼女を苦しませている。
自分から遠ざけたのに、離れれば離れるほど彼女が愛しくなる。
が他の誰かと幸せになってくれることを願っているのに、側にいて欲しいと思ってしまう。
彼女を傷つけていながら、なんて我侭なのだろう。

自分でも、この感情をどうしたらいいのか分からない。
人を、こんなに愛したことはないから。


(彼女の幸せって何か、もう一度考えてみてください)

の寝顔に残る、涙の跡を見て、眉を寄せる。


(私は、一緒にいたいと今でも思ってる)



私も、君の側にいたい。

でも怖いんだ。
今まで人に忌み嫌われてきた私は、
君のその手をとるのが。
かけがえのないものを手に入れて、失うことが。

私と、君の未来を信じることが。



(ルーピンさんも変わらなきゃ)

「…その通りだな…」


赤の他人が分かるようなこと、なんで自分は分からないのだろうと、年甲斐もなく情けなくなった。

彼女に触れる資格なんてないのに、子供のように眠るその頬に、ルーピンはそっと唇を寄せた。
懐かしい、温かい感覚が、胸を締め付ける。
目の前にいるが、とても美しくて、尊くて。愛しくて堪らなかった。


彼女の手をとれるようになりたい。


もう遅すぎるかもしれないけれど。















(2007.8.3) やったぜトンクス!そして恋にとことん不器用な三十路の先生です。応援してあげてくださいねっ。


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