この行き場のない想いは、どうすればいいのだろう





Believe in you.

第29話 やさしさ






イースター休暇で、幸いその次の日も休みだった。
大切な休暇が、まったく思ってもみない方向にどんどん進んでしまって。
まだ何か、悪い夢を見てるんじゃないかとか、冗談じゃないかとか。
そんなことを考えるけれど、やっぱり現実は変わっていなかった。


なんでここまで出るんだろうってほどに、涙は止まらなかった。
思い出すだけで、考えるだけでこみあげてくる。
何か前向きにしようと思っても、気が滅入ってしまって、何もできない。
どうしようもない胸の空虚さに、さらに涙が溢れる。

落ち着いて、自分を責めたり、彼に悪態をついてみたり、また泣き出したりの繰り返し。
いい大人になって、なんでまだ私はこんなに情けないのだろうと、余計悲しくなった。



それでも、日はまた昇り
世界は動き出すのだ





休暇は終わり、いつものように学校生活が始まると、は部屋から出るのが怖くなった。
校内でルーピンと顔を合わせるのが怖かった。彼と会ったら、自分がどうにかなってしまいそうだ。
まだ気持ちの整理だってついていない。全てを受け入れられてない。
授業に出るのだって、かなり辛いというのに。同じ職場は、これだから嫌だ。

いつもより早く朝食をとろうと、は大広間へ行った。
テーブルの上にはできたての食事が並べられているけれど、席についている教師や生徒はまばらだ。
普段の賑やかな印象とは打って変わって、静寂に包まれた厳かな朝だった。
それが、むしろ彼女にとっては有難いことで。

「…珍しいな」
「あ、おはようございます」

スネイプが席につくと、は明るく笑って答えた。
自分でも驚くほど、それは簡単にできた。

「先生はいつもこんな時間なんですか?早いですね。」
「他の連中が遅いだけだ。時間の許す限り寝ているからな。」

むすっとしているスネイプを見て、はさらに笑顔になる。

「私も最近、早寝早起きしようかなぁ、と思って今日は早く来たんですよ。
 でもいいですね、静かだし、こういうのも素敵。」

おいしい、と言いながら、は上機嫌を装いにこにこしながら、朝食を口に運んだ。
はたからは、そう、何も変わらないように見えた。
でも、スネイプはそんな彼女の様子を見て、眉を寄せた。






『よかったぁ』

今日一日、何にも変わらずに過ごすことができた。ただ違うのは、隣にルーピンがいないことだけで。
彼とは上手く時間がずれたりして、会うことはなかった。もしかしたら、避けられているのかもしれないけれど。
きっと誰にも2人のことは気付かれていない。

『前のときと比べたら、思ったより私しっかりしてきたのかも』

以前失恋した時は、ショックで何も手につかず、2、3日仕事を休んだものだった。
とても外に出られた顔ではなかったし。


いつもと同じように、はスネイプの部屋へと足を運んだ。
相変わらず、スネイプは自分の仕事をして、で、分厚い書物を読みながらノートをとっていた。
大分その量も減ってきて、5ヶ月分の努力もそろそろ身を結びそうだった。

『でも、脱狼薬ができたって、もう意味がないかもしれないじゃない?』

ふと、そんなことを考えてしまって、はまた、急に胸が苦しくなった。
ルーピンと一緒にいられたらと、彼のために何ができるだろうと始めた勉強。
喜ぶ顔が見たくて、でもあまり期待させたくなかったから、薬を作ろうとしていると言えなかった。
でも今となっては、言わなくてよかったと思う。薬を作ること自体無駄なことかもしれない。
だって、一緒にいたくないんだと、言われてしまったから。
私の気持ちなんて、彼の決断には関係なかった。それが、とても悲しかった。



急にの気配が変わったのに気付き、スネイプは不審そうに羊皮紙から顔を上げ、彼女を見た。

「…?」

突然呼ばれたは、肩をびくっとさせて驚き、横顔をさらに背けるように体ごと横を向いた。
顔を手で拭っている様子から、泣いているのが分かった。
イラっとして、視線を一度はずすが、ため息をついてスネイプは席を立った。

そして、バタン、と彼女の目の前にある本を荒々しく閉じた。
驚いてスネイプを見上げる

「スネイプ先生?」
「不愉快だ。」
「ご、ごめんなさい…」

キッと睨み付けられて、は慌てて頬を伝う涙を止めようと拭った。
でもボロボロと、こぼれてしまう。それは、確かに不愉快かもしれなかった。

「朝から無理に笑って、気持ちが悪い奴だな。
 さしずめ、ルーピンと何かあったのだろう。」

まさに図星だった。

「…私、振られちゃったんです。ルーピン先生に。」

そう言いながら、痛いくらいの笑顔では笑った。
スネイプは一瞬驚いて目を見開いた。

「でも、まだ信じられなくて…、私の気持ちなんて、聞いてもらえなくて…っ」

一度声に出してしまうと、どんどんまた涙が溢れてくる。
胸が、愛しさと苦しさでいっぱいになる。
はもう取り繕うことができなくて。誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

「私は好きなのに、離れたくないのに…」

とうとう、は顔を手で覆いながら本格的に泣き始めてしまって、
それを見下ろすスネイプは、一層苦々しい顔をした。

『…莫迦者どもが。我輩が忠告してやったのに。』

目の前の教え子の姿を見て、スネイプは小さく舌打ちをした。

何があったかは知らないが、自分の言ったことを無視した結果がこれだ。
もっと早く別れてやればいいものを。ルーピンのことが益々嫌いになった。
教え子のに、情が全く無い訳ではなかったから。


「今後ここには来るな。もうこんなこと、お前がする必要ないだろう。」

その言葉を聞いて、は顔を伏せたまま、フルフルと首を横に振った。

「最後まで、やらせてください。…やりたいんです。」

それは、思いのほかはっきりとした口調だった。














(2007.7.20) うちのスネイプ先生は、意地悪だけど、ヒロインには優しいつもりです。


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