彼女の怯え様を見た時、私は思い知った。

今まで生きてきた中で一番、自分のこの身を呪わずにはいられなかった。


彼女が恐れているものは、確かにそこに現れていたのに。

それなのに、彼女は、涙に濡れて怯えた目で、私に助けを求めていた。
私が何者なのか、分かっていないんだ。

私は、これ以上彼女に望んでいなかったのに、
彼女を責めてもしょうがないと分かっているのに、
それでも

彼女が、憎くてしょうがなかった。


なんて残酷なんだろう。





Believe in you.

第28話 別れ





せっかくの休暇だというのに、気分は台無しだった。
自分から蒔いた種で、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
でもそんなこと言っていられない。もう起きてしまったこと。
気付くのが遅すぎた。

は今日何度目になるか分からないため息をついて、ぼうっとテーブルの上の紅茶を見た。
ソファに座り、膝を抱えて、しばらくずっとその調子で呆けていた。紅茶はもう冷め切っていた。
仕事をしたり、勉強をしたり、やることは探せば山ほどあるのに、何もする気になれない。

ルーピンのことが気になってしょうがなかった。


ちょうどその時、部屋をノックする音が聞こえて、は急いでドアへと向かった。
ドアを開けると、想っていた相手、ルーピンが立っていた。
昨日のように怒ってはいなかったけれど、少し疲れた表情で。そこにいつもの笑顔はなかった。

、ちょっといいかな」

が頷くと、ルーピンは彼女の部屋の中へ入ってきた。
珍しく彼が部屋に入るのが、このタイミングだなんて。は違った意味で、落ち着かなくなった。

「あ、あの、紅茶飲みますか?私もちょうど今飲んでたところで」
「少し話を聞いてもらいたいんだ」

引き止めるために掴んだ腕を、すぐにぱっとほどくと、ルーピンは彼女を静かに見つめた。
振り返ったは、彼の顔を見上げて、眉を寄せた。


嫌だ、聞きたくない
なんて顔をしているの
なんて瞳をしているの

どうして、



「やはり、これ以上君と一緒にはいられない」




そうやって、一人で結論を出してしまうの?


「…何故、」


震える声で、そう聞くを、ルーピンは苦い表情で見つめ返す。

「私が、黙っていたから?」
「それは、…しょうがないことだ。
 でも、それよりも、目の前で君が怯えている姿が、相当応えたみたいでね。」

人事のようにルーピンはそう言うと、苦笑いをした。

「ごめんなさい、私、あなたがそんなにショックを受けるとは思ってなくて」

一度、首を横に振ると、ルーピンは視線をはずしながら、何かを思い出しながら言った。

「一番愛している人を、私はあんな風に怯えさせたくない。
 君は心のどこかで恐怖を抱えているのに、私はそんな思いを君にさせてまで、一緒にいるのは耐えられない」

「君を傷つけなければいいとか、変身した姿を見せなければいいなんて、甘い考えを持っていた。
 でもそれは無理だ。君のおかげで思い知ったよ。
 私は、やはり誰かの側にいるべきじゃない」

「やめて!」

悲しく微笑む彼の背を、はぎゅっと抱きしめた。見ていられなくて。
胸が、痛くて。苦しくて。

「そんなことないです!私は、一緒にいたいと今でも思ってる…」
「…ありがとう。君が一緒にいてくれて、嬉しくて、とても幸せだった。
 君は優しくて、素晴らしい女性(ひと)だから、私以外の誰かと幸せになって欲しいんだ。」

幸せだった、なんて。なんでそんなに簡単に言えるの。
もうあなたの中で、私たちの過ごした時間は、終わってしまったみたいに。

「ごめんなさいっ、私が、私がいけなかったの。だからそんなこと言うのやめてください。
 私なら、もっと強くなるから、だからっ、」


ルーピンは、泣きながら、震えながら抱きついていたの体をゆっくりと離した。
昨日のものとは違い、彼の声音はとても優しいものだった。
泣きじゃくるを、ルーピンは切なそうに見つめた。

「…っ、リーマス…」

やだ、やだ、やだ

あなたが好きなの
だから、行かないで

たくさんの気持ちが溢れてしまって、言葉にならない

あなたと離れるなんて、考えられない
なんで、好きなのに、こうなってしまうの?
私が何を言っても、もう駄目なの?どうしたらいいの?

彼は、もう感情をその微笑に、また以前のように仕舞い込んでしまった。
もう触れて欲しくないくらい、奥深くに。



「すまない、私の気持ちは変わらないんだ。」

最後までルーピンの袖を掴んでいた、の手をほどくと、彼は背を向けた。
そのときの彼の表情は、には見えなかった。




苦しい。痛い。鼓動がうるさい。

目の前から彼の背中が去ろうとしているのに、もう動けなかった。
胸が苦しくて、言葉が出てこない。
自分が立っているのかもよく分からなかった。


信じられない。

嘘。


昨日まで、いつもと変わらない、幸せな2人だったのに。

ひどい。

こんなの、あるはずない。





バタン、とドアが閉まるのと同時に、はその場に座り込んだ。

もう、こみ上げる涙を止めることはできなかった。














(2007.7.16) 悲しませちゃってごめんなさい。


お気に召しましたら(*^-^*)→ *web拍手を送る


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