その気持ちに気付いてしまったら、
たとえ自分は否定したくても、それは暗示のように
どんどんとまらなくなってしまうのです。




Believe in you.

第7話 彼の瞳





『だめだわ、最低だわ。あんな授業をしてしまうなんて…』

は生徒たちが退室した後、ため息をつきながらひとり、授業の後片付けをしていた。
開け放たれていた窓からは、暖かい日が差し込み、外からは生徒たちの笑い声が聞こえる。
彼女の表情はその空気には似合わないものだった。

さきほどのクラスで、何度もミスをして、そのたびに生徒(ハーマイオニー)に指摘されてしまった。
教師としては失格である。
どうにも授業に身が入らないのは、もちろん昨日のことが原因だ。
昨夜の自分の行動を思い出すと、今でも叫びたくなるぐらい恥ずかしかった。
彼が眠っていたのだけは救いだった。

あの後そっとルーピンの部屋から抜け出して、今と同じように何度も自分の行動を忘れようとしたのだが
できなかった。何度も自分の気持ちを否定しようとすれば、はどんどん切なくなってきたのだった。

失恋して何ヶ月か経ったけれど、もうしばらく人を好きになりたくはない。
そんな余裕今の自分にはないし、また傷つくのが怖かった。
きっといつものように、ただ憧れているだけだ。
憧れているだけなら、自分から気持ちを表すことさえしなければ、きっとルーピンは何も気付くことなく
2人の関係も今と変わらないままだろう。

それが一番いい。




?」

決心をしたところで、名前を呼ばれて顔をあげると、ルーピンが教室へ入ってくるところだった。
昨日よりは顔色は若干よかったが、まだ病み上がり、という感じだった。
同じ名前を呼ばれるのでも、昨日までとは比べものにならないくらい嬉しい。彼の顔を見るだけで安心してしまう。
そう感じる自分に、は重症だな、と困ったように笑った。

「これから授業なんだが、その前に君に昨日のお礼を言っておこうと思って。
 昨日はどうもありがとう。それと、すまなかったね。君を引き止めておいて、私はすっかり眠ってしまったみたいで。」
「いいえ、私こそ長居をしてしまってごめんなさい。気分はいかがですか?」
「おかげさまで、だいぶよくなったよ。」

微笑むルーピンに、それはよかったです、と言って、恥ずかしそうには視線を落とす。
そして彼がいる近くのデスクに、生徒に置き去りにされた教科書を見つけた。

「誰かの忘れ物かな?」
「ハーマイオニーが座っていた席だわ。次のクラスの時にでも渡しておきます。」

ルーピンが渡してくれたその教科書を受け取る時、は彼の左手にひどい傷があるのを見つけた。

「ルーピン先生、どうなさったんですかその傷!」
「…なんでもないさ、ちょっとドジを踏んでしまってね。」
「あ、ちょっと動かないで!」

一瞬ルーピンの表情が強張ったのだが、はその傷に気を取られてそれに気付かなかった。
手を引っ込めようとした彼の動きを制して、は自分の杖でどこからか薬瓶やガーゼ、包帯を出した。
いそいそと、慣れた手つきでルーピンの傷を消毒するに、彼はされるがままになっていた。

「ドジにしてはひどい引っかき傷ですね。
 そのままだなんて、マダムポンフリーにも見せないで。傷口が今にも開きそうですよ。」
もう、と少し怒っている、まるで母親のようなを見下ろしながら、ルーピンは密かに笑う。

「実は先日届いたクラス用の水魔(グリンデロー)の世話をしていたんだ。
 教師がそれで怪我をしたなんて、笑いものだからね。ヒミツにしておいてくれないかな?」
それは嘘だったのだが、はクスッ、と笑って下を向いたまま返事をした。



が包帯を巻き始めると、少しの間沈黙が流れた。
突然会話がなくなって、だんだんとは息がつまるような感覚になってくるのだった。

思えば彼の手に触れたことはない。

いつも何気なく見ているルーピンの手は、自分のものより大きくて節くれだっていて、
やっぱりいくつかかすり傷が見受けられるけれど、触れるととてもあたたかかった。

高鳴りだした胸の鼓動が、手を伝って彼にばれてしまわないかと、内心ヒヤヒヤした。


「はい、終わりました。」

そう言って治療していたルーピンの手を離し、彼の顔を見上げた瞬間。


は見てしまった。







彼女を見つめる、

彼の困惑した表情を。




そして、

切なそうな

まるで助けを求めるような 彼の瞳を。
















「ああ、もう!こんな時に忘れ物するなんて!」

イライラしながら、ハーマイオニーは廊下を走っていた。
途中で息切れがして、重いカバンをひきずるように歩き始める。

忘れ物を取りに、先程のマグル学の教室へ入ろうとした瞬間、
『?!』
ハーマイオニーは慌ててドアの影に身を隠した。

『…ルーピンとだわ』

見詰め合っている2人の雰囲気に、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして
ハーマイオニーは耳まで真っ赤になる。
やがてぱっと視線をそらして、来た道を静かに戻り始める。
せっかく忘れ物を取りに戻ってきたのに、もはやあの教室へ入れる気がしなかったのだ。


時間の無駄だったわ、とハーマイオニーは深いため息をついた。












(2007.5.9) ハーマイオニー大活躍の予感。


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