いい年した中年男が何を、と笑うだろうけどね。

君はほんとうに、少女のようだと思った。
外見じゃなくて、その朗らかに笑うところや、いい意味で純粋なところとか
真摯な眼差しは、たまに少年のようだとも思うけれど。


でも子供たちを前にした君の顔は、とても優しい母親のようなんだ。

そんな、いくつもの顔を持つ君を、魅力的な人だと私は思う。




Believe in you.

第6話 自覚





昨晩から、ルーピンは気分が悪かった。もちろん、満月のせいだ。
スネイプが調合してくれた、あのまずい脱狼薬。身体にかかる負担は大きい。
そのため、満月の晩を前後に、彼は授業を休んでしまうのだ。それは校長のダンブルドアも承知の上だ。

こんな身体でなければ、きっと教師生活ももっとよりよいものになっていただろう。
ふとそんなことを思ってしまい、苦笑いをする。

『これ以上望むなんて愚か者だ。すばらしい職と住まいを与えてもらったのに。』

自室で、ぐったりと暖炉の前のソファに腰掛けながら、ぼうっと火のない場所を見つめる。

『世界は変わっていくのに、私はいつまでも変わらないな。』

どうにも、歳をとった身体や、この満月の後の気だるさが、マイナス思考を生んでくれる。
自分に呆れているところで、部屋の扉をノックする音が聞こえた。重い身体を立たせるルーピン。

「ルーピン先生?です。夜分遅くにすみません。」

同じ日に、新しく教師として就任したは、歳の近い人もなく相談相手も少ないのだろう。
彼をよく頼りにしていた。まだ教師になりたてで、見ていられないときもあるのだが、一生懸命な姿は微笑ましかった。
体が辛くて追い返そうとも思ったのだが、夕食後の時間にわざわざ来るほど相談したいことがあるのかもしれない。
ルーピンはそう思い、ドアを開けた。

「どうしたんだい?何か相談事でもあるのかい?」
「えっ、いえ、その…お見舞いに。」
「お見舞い?」

心配そうに見上げてくる瞳を少しの間見つめてから、『ああ、私が病人なのか』と思い出すルーピン。
ふと視線を落とせば、彼女の手には食事をのせたトレイがあった。

「ごめんなさい、もし起こしてしまっていたら。具合はいかがですか?
 屋敷しもべ妖精たちが消化にいい食事を作ってくれたから、よろしかったら召し上がってください。」
「ああ、どうもありがとう、。」
こんな風に自分を気遣ってくれる人なんて、久しぶりだとルーピンは思った。

「あそこのテーブルに置きますね。」
そう言って遠慮がちに散らかった部屋の中に入ると、はテーブルの空いているスペースにトレイを置いた。
そして杖を取り出し、魔法でポットとカップを出すと、彼の大好きな紅茶を入れてくれた。
その彼女の動作をぽーっと見ていたルーピンの近くへ、体によさそうなジンジャーの香がふわっと漂ってくる。

「いい香りだ。」
にっこりと振り返って微笑むと、はまた部屋から出て行こうとする。
ルーピンはなぜだか思わず彼女を呼び止めてしまった。







が気を利かせて鳴らしてくれた蓄音機から流れる音楽が、ルーピンをなんとも穏やかな気持ちにさせてくれた。
彼が食事をしている間、は以前から読みたかったという本を1冊借りて、暖炉のソファの前で静かに読みふけっていた。
たまに眠ってしまったのかと思うほど。
食事を終えると、ルーピンもまた暖かさと気だるさから、うとうととし始める。
彼女を視界の片隅にぼんやりと捉えながら、昨日セブルスから言われた、気になることをふと思い出すルーピン。

は、貴様の正体を知っているのか?

そんなはずはない。自分の正体を知っている人物はごく少数だ。それにまだ、ばれるには早すぎる。
彼女からは、知っているような様子は伺えない。

セブルスの早とちりだろう。






が食器の物音がなくなったのに気付いたのは、ルーピンが眠ってしまってしばらく経ってからだった。

「あれ、ルーピン先生?」

呼んでも返事がないのだから、相当消耗しているのだろう。
本当は相談事があったけれど、彼の顔を見るととても言い出せなくなってしまっていた。

はトレイや紅茶を魔法で片付けると、彼を起こさないようそっとソファに横たわらせた。
そして魔法で呼び寄せたブランケットをかけてやる。

「病人をこんなところで寝かせちゃって、ダメね、私は。」
困ったように独り言を言うと、は膝を床について、ルーピンの寝顔を覗く。

「でもお腹いっぱいになって寝ちゃうなんて、私よりも子供っぽいですよ、ルーピン先生。」
すやすやと眠るその顔の皺や目の下のクマ、ところどころにある擦り傷のようなもの。
とても子供とは思えない、おじさんなのだが。

ちょっと優越感にひたりながら、
は何気なく彼の顔にかかった鳶色の髪をそっと後ろに流してあげたり、
額を優しく、その手で撫でてあげた。
気持ち良さそうな顔。



ところが、しばらくしてはた、とその手の動きを止めた。


…何やってるの、私。



はっとして今いたルーピンの側から離れると、は真っ赤な顔をしてもう一度彼を見下ろす。




これじゃあ、恋する少女じゃない!












(2007.5.6) とうとう気持ちが動き出します。


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