低い、それでいてねっとりとした口調で後ろから名前を呼ばれる。
これは機嫌がいい時の声ではない。
もちろんその人の機嫌がいい時なんて見た事はないのだが。




Believe in you.

第5話 お説教





「昨日の騒動のことで話しがある。今日の夕刻、我輩の部屋まで来たまえ。」
「…はい…」

しゅん、と朝からやる気をそがれてしまった。なんとも悪い朝だ。
教職員用のテーブルで、一人で朝食をとっていると、昨日ひっぱたいた生徒の寮監であるセブルス・スネイプに、
去り際に声をかけられてしまったのだ。
こんなときにかぎって、いつも隣にいるルーピンは不在だった。

『やっぱりね…、問題よね』

子供に直に手を上げる教師など、親に知られたら当然ただ事ではすまない。生徒から侮辱されたとしても。
処分されるまでにはいかないと思うけれど、厳重注意だろうと、胃がキリキリして今朝も目が覚めたのだった。






「未熟者」
「…はい」
「短絡的」
「…はい」
「冷静さに欠ける」
「…はい」
「それに、」
「ま、まだあるんですか?!」
「軽率だ」
「…はい」

うなだれる。スネイプが自室の机につき、そんな彼女を呆れた顔で見上げる。

「己の感情が抑えられず、生徒に手をあげるとは言語道断だ。」
「…すみませんでした。以後気をつけます。」

か細い声を出して、ため息をつく。
今回の一件、ダンブルドアは笑ってくれたらしいが、スネイプはだまっていられなかったようだ。

「お前はもう一人の教師なんだろう。生徒ではない。
 第一、生徒とまるで友人のように接しているから、こんな軽はずみなことをするのだ。
 奴の影響でも受けたのか?」
「いえ、あの私は最初からこういうスタイルで生徒と接して…って、…奴って誰のことですか?」

きょとん、とするに、スネイプは一度咳払いして答えた。

「ルーピンだ。」
「そんな、ルーピン先生は私みたいな軽はずみなことはしないと思います!」

いきなりルーピンの名前を出されたので、思わず強い口調で反論してしまった
「…ほぅ」
彼女の顔を見て、ニヤッとスネイプはいじわるそうに笑った。

「変わったな、。」
「え?」
「昨日の騒動といい、今の言動といい、昔のお前とは想像がつかない。」
「その、私もいろいろありましたから…」

少し昔のことを思い出して、気恥ずかしそうにうつむいた
スネイプは彼女の恩師の一人でもあったのだ。
『なんだか、スネイプ先生も老けたわね』と、彼の言葉を聞いて思ったのだが、怒るだろうから
は言わないことにした。

「ハッフルパフにいたお前は、勤勉だったが成績はいまいち。手先だけは器用だった。」
「もう、やめてくださいよ、昔のことは。恥ずかしい。
 でも、先生の教えてくださった魔法薬学は成績よかったですよね。」

いつの間にか、10年前の先生と生徒に戻って、和やかな雰囲気になっていたのに。
次のスネイプの一言で、の表情は急に強ばった。


「そうだ。あのまま続けていたら、お前の能力なら脱狼薬ぐらい作れていただろうな。」

「…え?」

ぱっ、と無理に作ったような、ぎこちない笑顔になってしまった。
その彼女の変化に、スネイプは眉をよせた。

「…そのままの意味だ。あの薬は繊細な調合が必要な、難易度の高いもののひとつだ。
 魔法薬の調合に長けた者でないとできない。」
「あ、ありがとうございます。」

滅多に人を評価しないあのスネイプから、こんな言葉が聞けたというのに、今のは上の空になってしまった。
妙な沈黙をやぶったのは、スネイプの部屋のドアを、誰かがノックする音だった。
スネイプが返事をすると、ドアを開けてルーピンが入ってくる。いつにも増して、ぐったりとした様子だった。

「ああ、。話中にすまないね。ちょっとセブルスに用があって」
「いいえ、」
そう言って側まで歩いてきたルーピンの顔を見上げると、は心配そうな表情をする。

、もう話は済んだ。出て行きたまえ。」
「はい、…分かりました。」




は部屋のドアを閉め、廊下を歩き出すと、ほっと一息ついた。

『…変に思われなかったかな?別に、スネイプ先生の言ったことに深い意味はないわよね。
 私が気にしすぎるのよ。』

いまだ、敏感に反応してしまうひとつのことば。
この世界で、人と接する仕事をしているのだから、いつかは向き合わなくてはならない問題。
でも、まだ向き合えない。答えにたどり着けない。

『こんなんじゃダメだって、分かっているのに』

苦しそうに息を吐いて、渡り廊下から見上げた空には、かけ始めた月が静かに輝いていた。

昨夜は満月だった。












(2007.5.6) スネイプ先生登場です。やさしすぎる…


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