その晩は、リーマスとの約束があったため、
は早めの夕食を済ませると、自室へ戻り、身支度をしていた。
もっとも、食事と言ってもあまり食欲がなく、大して食べることができなかったが。
緊張していたが、なぜかリーマスと話せると思うと、少し嬉しかった。

ちゃんとリーマスと話せば、きっと今までどおり、友達でいられるかもしれない。

―きっと。

は鏡を見ながら、自分自身に切なく微笑んだのだった。






第13話 宣戦布告







!!」

廊下を歩く途中、名を呼ばれた彼女は、どきり、として後ろを振り返った。
彼女の視線の先には、シリウスが、こちらへ走ってくるところだった。その表情は明るい。

「具合が悪かったのに、そんなにふらふら出歩いて大丈夫なのか?」
「あ、うん。大丈夫よ。本当にもうよくなったんだから。」

自分を心配してくれる彼に、は笑顔で答えた。内心ドキドキしていたのだ。
このあと、彼女はリーマスと会う約束があるから。この様子だと、シリウスはそれを知らないらしい。

「夕飯食ったのか?リリー達とも一緒じゃなかったみたいだけど。」
「うん、ちょっと早めに軽く食べちゃったの。シリウス達は?」
「はは、俺も腹がすげー減ってたから、早食いしてきた。まぁ残りのやつらはまだのろのろ食ってたけどな。
 …実はお前がいなかったから、気になってひとり切り上げてきたんだけど…」
微かに照れながら、シリウスはそう言って笑った。少し驚いて目を丸くしていただったが、素直に嬉しくて微笑んだ。
「ありがとう、シリウス」
「おう」
珍しくぶっきらぼうなシリウスが、なんだかおかしくて。
がくすくす笑っていると、隣を歩いていた彼が何気なく聞いた。

「そういえば、、どこへ行こうとしてたんだ?」
「えっ。…あの、温室よ。友達と会う約束があるから…」

ぎこちなくなってしまったの笑顔に、シリウスが気付かないはずがなかった。
伊達にこの数ヶ月、彼女と付き合っていた訳じゃない。

「…ふーん。何時に待ち合わせ?」
「夕食後なの。だから私行かなくちゃいけないから、ごめんね、シリウス」

上手く誤魔化したかったが、もともと嘘が苦手なは、正直に答えてしまった。
でも約束があるからごめん、と言えば、誰でも諦めてくれるだろうと彼女は思っていた。
けれど、

「なぁ、まだ他の奴らが夕食済ませるまで時間があるし、俺も一緒に行ってもいいか?」
「えっ…」
「俺もたまには温室に行ってみたいんだ。の友達が来る前には出てくからさ。」

そこまで言われて、に断る術はなかった。しょうがなくうん、と頷いてしまった。

リーマスは、友達と言えば友達だ。万が一シリウスと鉢合わせても、平気かもしれない。
それにみんながいつも夕食を終える時間には、まだ1時間も余裕がある。

そんな浅はかな自分の考えが、後に間違いになるとは知らずに―






暗がりの中、明かりを点ければ、温室の中にいる様々な植物が姿を現した。
外は寒いというのに、この室内の暖かさには驚くほど。
しばらくここへ立ち寄らなかったシリウスだが、がここにいると落ち着く、と言ったことが分かるような気がした。

はというと、当然のことだがそわそわしていた。
これからリーマスとここで会う約束になっているのに、シリウスを連れてくるなんて。
彼には悪いが、早く立ち去って欲しいと今は思ってしまう。
リーマスとキスしたことが彼に知れたら、幻滅されるどころでは済まないだろう。
そう思うと、さらに緊張してきた。

正直に、今のうちに、これからリーマスと会うのだと言ったほうが良いかもしれない。
'友達'と遠まわしに言って、シリウスを誤魔化していたのがバレたら、
彼はかえって自分達のことを疑うだろう。そうしたら、リーマスにも迷惑がかかってしまう。


「ねえ、シリウス、」
「あ、これか??」

暗い気持ちのまま、重い口をが開くと同時に、シリウスが何かを見つけた。
彼がその場所へ近寄って、を振り返る。
それは部屋の隅の、棚の上に置かれた、小さなマーガレット用の鉢だった。
鉢の表面に、小さく彼女の名前が書いてある。

が育ててるって言ってたマーガレット。」
「う、うん、そうなの。まだ花が咲くのは先みたいなんだけど…」

も近づいて、彼と同じようにそれを覗き込んだ。
まだ花も蕾もない、小さな芽。

ふと、シリウスの視線を感じて彼を見上げれば、彼はをじっと見つめていた。

「ど、どうしたの?シリウス」
「それ、つけてくれてるんだな、って思って」

彼が視線で示している先には、彼がの誕生日に送った、星型の宝石が輝くネックレスがあった。
の少し開いたシャツの首元に、キラキラと輝いている。
満足そうに彼は微笑むと、の手をとった。その微笑みは、女子なら誰しも頬を染めてしまいそうな、素敵なもので。

「俺さ、最近気付いたんだけど―すごく独占欲があるみたいだ。」

突然そう言われて、は不思議そうに、少し眉を寄せた。
すると、先ほどの笑顔から打って変わって、シリウスはまるで自嘲したような笑みを浮かべ、すっと彼女の手を引いた。
の体は彼に預けられるかたちになり、自然とはシリウスに抱きしめられた。
温かい彼の体温に、一瞬どきっとするだったが、すぐにリーマスが来ることを思い出し、身を引こうとする。

「シリウス!だ、誰かに見られたら…!」
「俺達恋人同士だろ?誰に見られたってどうってことない。」

ぎゅっと強い力で抱きしめられては、の微かな抵抗などびくともしない。
シリウスの低く、それでいて落ち着いた声が温室に響いた。
'恋人同士'という言葉に、はとても罪悪感を感じた。

が具合悪いって聞いただけで、いつもの場所にいないだけで、俺、すごく心配になる。」

その言葉に、は彼の胸を押していた手を止めた。
シリウスの肩に顔を寄せている状態のには、彼の表情が読めない。
でもその言葉が、彼の本心だということは分かった。こんなにシリウスが、心配してくれていたなんて―

「…シリウス、」

「俺―」

ぎゅっとを抱きしめる腕に力を込め、シリウスが静かに言った。


が大好きなんだ。
 だから、絶対に渡さない。―相手が誰であっても。」



温室の入り口を背にしていたには、
シリウスの視線の先に誰がいたかなんて、到底気付くことはできなかった。















(2011.12.19) 久しぶりすぎて何がなにやら…。シリウスが押し押しです。


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