彼は信用できない。
善良そうな顔をして、何を考えているか分からないし。
しばらく様子を見ようと思った。

彼に本当に何の目的もないのだったら、その時は自分が、人狼たちに口を利いてやることもできる。
その逆であれば、それはそれで答えは簡単だった。


今思えば、それは気まぐれだったかもしれない。
ただの気まぐれにしては、余計なものを背負い込んでしまった。

でも、それも悪くないかと思えたのは、
心の奥底で私は、些細なことでもいいから、変化が欲しかったのだ。


この永遠に続くであろう暗闇から、抜け出したかった。






grace

4







それにしても、彼はなぜこんなに、この場所に馴染むのが早いのだろうか。



、これここでいい?」

聞かれた彼女が返事もせずただ頷くと、ルーピンはにこっと笑って
カウンターに置いてある残りの荷物を、後ろにある棚に仕舞い始めた。

口調が穏やかだから、もっととろい人なのかと思っていただったが、
数日も経った後、意外と彼は何でもそつなくこなすというのが分かった。

ルーピンは、何もしないんじゃ悪いからと言って、家事を手伝ったり、店の準備を手伝ったりする。
あいにく手先は不器用なようで、細かい仕事はさせられなかったが。
店が開く時間になれば、ふらっとに言われた2階の一室にこもり、
また店が閉まる頃に、片付けに戻ってくる。
丸腰なのに、一人で外出するときもあったが、逃げる訳でもなく必ずの店へ戻ってきた。


『よくこんな生活が続くものね』

人狼の生活がどれほど苦しいものであるかは分からないが、
男が家の中で働いている姿を見ると、もそんなことを思うようになった。


「…出かける」

小さな肩にローブを羽織ると、はそっけなく言った。
ルーピンはその言葉に気付くと、少し目を丸くした。

「ということは、…私はどうしたらいいかな。荷物持ちは必要?」
微笑む彼に、彼女はちらっと視線を向けてまた逸らすと、返事をした。
「そうだね。いないよりはマシだね。」

ルーピンは嬉しそうにを見ると、くたびれたローブを身に付けた。







「君はいつからこんな生活を?」

町中を歩きながら、ふとルーピンが彼女を見下ろしながら言った。
今は老婆の姿のは、鬱陶しそうに冷たい声で答えた。

「あんたに関係ない。」
「まぁ、そうだけど…」

いつも一人のが、荷物を持ったルーピンを連れて歩いていると、
興味深そうに通り過ぎる店の人たちが視線を送っていた。
息子だろうか、とか、新しく雇い入れた店員だろうか、とか、そんな声も聞こえた。

「私の外に、君の秘密を知っている人はいるのかな、と思って。」
「いるけど、あんたみたいにペラペラ喋ったりしない。」
「そうか」

どうやらに相当警戒されているか、嫌われているように思えて、ルーピンは困ったように苦笑いをした。
何日か一緒に過ごしてきたけれど、一向には態度を変えなかった。もともとこういう性格なのかもしれないが。

「その姿も可愛らしくて好きだけど、やっぱり私は朝見る君の姿のほうがいいな。」

ぼそっと彼が軽く呟いた一言に、は軽蔑するような鋭い眼差しを返した。





夏の暑い日差しの中、出歩くのはとても疲れるもので。

買い物も大方済ませた帰り道、は額に滲んだ汗を、そっと拭った。
後ろをちらりと振り返れば、ルーピンは文句も言わずに、重い瓶や野菜を手に持って彼女の後を付いてきていた。
と視線が合うと、相変わらず彼はにっこりと優しく微笑んだ。
その笑顔を見ると、居心地が悪くてしょうがない。

はそんなことに気をとられていて、うっかり前からこちらへ向かってくるものに気がつかなかった。

「危ない!」

と、先に気付いたルーピンが叫んだが、遅かった。

「わぁっ!」
「っ!」

前方から走ってきた背の低い男の子が、とぶつかって、二人とも音を立てて地面に倒れた。
慌ててルーピンは荷物を地面に置き、彼女たちのもとへ駆け寄った。

「大丈夫か?」

華奢で細いの体を抱き起こすと、彼女は痛みに眉を寄せながらも頷いた。
「2人とも、怪我はない?」
男の子もようやく立ち上がると、泣きそうな顔をしてとルーピンを見上げた。
「ぼく…」
「……」
がそんな子供を見下ろして、答えに窮していると、隣にいたルーピンが屈んで話しかけた。

「ちゃんと前を見ないとだめだよ。君も痛かったろうけど、ぶつかられた相手だって痛いんだから。」
そう言いながら、その男の子の頭を、ポンポンと優しく叩いて。
「ご、ごめんなさい」
男の子の言葉を聞いて、ルーピンは人を安心させる、柔らかい笑顔を浮かべて頷いた。

その時の、彼の横顔を見て、はルーピンがどんな教師だったのか、
少し分かったような気がした。

そして、羨ましかった。
こんなふうに、人に優しく微笑むことができる彼のことが。



ああ、彼は自分が疑っているような人じゃないかもしれない。

の心の中で、確実に変化が訪れようとしていた。














(2008.3.20)  早くドキドキさせたいです。


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