は誰もいない、見晴らしのよい渡り廊下で、ひとり呆然としていた。
冬の風はとても寒そうで、彼女の鼻頭や頬を赤く染めていた。の髪がたなびいている。
ぎゅっと手すりをかじかんだ指先でつかんでいて、一向にその場所から動く気配がなかった。

外の景色を、ある一点を見ているようだが、実際は何も見ていないのだろう。
心ここに在らず、といった具合だ。
眉を寄せて、その瞳は少し潤んでいるようにも見えた。

ルーピンはそんな彼女の様子を見つめていて、ひどく心配になった。

ああ、もし自分がここにいたのなら。
もし彼女に触れることができたのなら。


無駄だと分かりつつも、ルーピンはそっとの手に自分の手を重ねた。
もちろん、何の感覚も伝わらない。


「…聞けない…、言えないよ……」

消え入りそうな声で、苦しそうにはそう呟くと、やっと彼女は手すりから身を離した。



彼女が目にしたのは、1枚の写真。
スネイプらしくもない、と、正直ルーピンさえ少し驚いたほどだ。
でも、不器用な彼のことを、なぜか理解できたような気がした。

同時に、今彼女が呟いた言葉も。






ルーピン30のお題

17. 初恋

-後編-








幾分か無機質な声で呼ばれて、ははっとして彼を見上げた。
いつもと違い、すぐに調合した魔法薬を提出して、早々とその教室を去りたかったのだろう。
黒い瞳が、怯えた彼女を見下ろしていた。

「話がある。残っていろ。」
「…はい」

の顔には、もう喜びの色はなかった。
他の生徒たちが教室にいなくなるまで、彼女は縮こまったようにして自分の席に座っていた。
彼女の横にいたルーピンは、スネイプの顔色を見ながら思った。

ああ、怒ってるんだ。



やがて教室が二人きりになると、スネイプはの側までやってきて、彼女を見下ろした。
彼女はずっと下を向いたままだ。

「スプラウト教授から聞いた。進路を変えるそうだな。」
「……はい…」

威圧的なスネイプの雰囲気に、いっそうが小さくなった。

「だから魔法薬学の補習も、もう必要なしか。」
「…す、すみません…、先生に、相談もせずに…」
「この数ヶ月、君に時間を割いてまで教えていたのも、その程度だということなんだな。」

容赦ないスネイプの言葉に、は震えながら彼を見上げた。
スネイプの呆れているような、冷たい表情に対して、彼女の顔は今や蒼白だった。

「…ごめんなさい、スネイプ先生。…私、…」

か細い声で何か言おうとしたが、それ以上は言うことができなかった。
彼女が今にも泣き出しそうなことに気付いたスネイプは、ふい、とから視線を外した。
一瞬困惑した表情を浮かべ、それから彼は小さくため息をついて言った。

「もういい、君には失望した。今後は補習はないから、そのつもりでいるように。」

背中を向けられたは、泣き出すのを必死に堪えながら、やっとのことで声を振り絞った。

「失礼します」









ああ、可哀想に。



人気のない空き教室の片隅で、は声を殺して泣いていた。
ときたましゃくりあげては、口元に手をあててポロポロと涙をこぼしている。

そんな彼女の様子を見ていたルーピンも、思わず顔を歪めてしまった。
いくらこれがの記憶の中の、幼い彼女だと分かっていても、
その肩を抱いて慰めてあげたいと思ってしまう。


今のスネイプとを知っているけれど、まさかこんなやりとりがあったなんて、知らなかった。
の泣き顔を見るのは辛かったが、スネイプを責める気持ちにもなれなかった。
彼の不器用さも、あの写真に写っていた人が誰なのかも、ルーピンは知っているからだ。

彼女は、もう、いないから。


だから、

がこのとき勇気を出していれば、違う結果だったかもしれない。




記憶はそこで途絶えた。







「ルーピン先生?」

しばらくぼうっとその場に立っていたルーピンは、呼ばれた声に気付いて振り向いた。
が不思議そうな顔をして、部屋に戻ってきた時だった。

「どうしたんですか、ぼーっとしちゃって。」
「ああ、いや…」

クスクス、と楽しそうに笑う彼女に、ルーピンはなんだかほっとして微笑んでしまう。
今目の前にいる彼女は、よく彼が知っている笑顔を向けてくれる。

「あっ」

はルーピンの側に、自分が置き忘れていたペンシーブを見つけて、小さな声をあげた。
ぱっと彼女は彼の瞳を見上げた。その頬は真っ赤に染まっていた。

「最後まで見たんですか?」
「……ごめん」

思わず苦笑いをしてしまったルーピンに、はもう、と言って彼をペンシーブのある棚から引き離した。

「あの、一応言っておきますけど、あの後は何もなかったんですよ。
 だから…、その、今は」
「うん、分かってるよ。本当にごめん。」

相変わらず頬を赤くして拗ねた顔をしたを、ルーピンは包み込むようにぎゅっと抱きしめた。
ますます耳まで真っ赤になった彼女は、その腕から逃れようとはしないのに、非難の声をあげた。

「ルーピン先生、離してください。もう夕食の時間ですから、大広間に行かないと…」


「しばらくこのままでいてくれないか?」


こういう時の、彼の低くて甘い声には弱かった。
ドキッとしてしまって、言われるがまま、身動きがとれなくなる。
そんな彼女の態度が嬉しくて、ルーピンは密かに笑った。



こんなこと思うの、馬鹿げているけれど。

さっき抱きしめてあげられなかった分も、抱きしめたかったんだ。








「もしかして…やきもちですか?」

そんなことをが面白そうに聞いてくるものだから、思わず本音を隠してしまう。


「違うよ。ただこうしていたいだけ。」

そう言いながら、ひっそりと思うんだ。





もうスネイプには渡さないからね。













(2007.11.9) こんな恋のお話。だから微妙な関係なのスネイプ&ヒロイン。そしてちょっぴり黒いルーピン先生でした。


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