「…あれ?」

誰もいない教室を片付けようと、ルーピンがドアを開けると、目に入ってきたのはいつもと違う光景。
彼がいつも使う教卓の上には、零れ落ちそうな量のプレゼントとカードが積み重なっていた。

ひんやりとした教室の中へ足を運び、彼はその可愛らしい贈り物の数々を、少し驚いた表情で見下ろした。
ひとつのカードを手にとって見ると、"Happy Valentine's Day"と書かれた文字が。
どのカードも差出人不明だけれど、彼宛で、中には恋の告白をしているものもあった。

「ああ、忘れてた!」

すっかりこの日のことを忘れていたルーピンは、困った、というように頭を抱えた。
教卓の上に置かれた、生徒からの贈り物はすごく嬉しかったけれど、それどころじゃない。
こういったイベントごとには、とても疎くなっていた彼は、プレゼントとカードの山を自分の自室へと運ぶと、
急いで部屋から出て行った。







You're nothing short of my everything.







その日は珍しく晴れていて、気持ちのよい空が広がっていた。
相変わらずの寒さで、しかも先日のシリウス・ブラックの2度目の侵入騒動があったため、
生徒たちは城の中でおとなしくしている―ように見えた。

けれども1年に一度のバレンタインデーともなれば、その貴重な日に何もしないなんてことはない。
あちこちで密かな想いを伝えるカードやプレゼントが、生徒たちの間でやりとりされていた。


そんなことをすっかり忘れている大人が、ここにも一人。


「うううう、終わらない!どうしようっ」

は研究室の机に向かいながら、必死に羊皮紙の上の羽根ペンを走らせていた。

『ああ、昨日クイディッチを観に行って、しかもそのあとリーマスのところに行くんじゃなかったわ。
 この書類、月曜日の朝までに提出するって、マクゴナガル先生に約束したのに…。
 しかも、シリウス・ブラックのおかげで全然昨日はできなかったし!』

最近授業や勉強以外にも、バックビーク裁判の資料集めや、新任教員としてやることはたくさんあった。
日もまだ昇らぬうちからとりかかっているというのに、一向に終わらず時間がかかりそうな仕事に、
はあくびを噛み殺してから、重いため息をついた。









昼食を食べ終えて急いで大広間から出るところで、は名前を呼ばれて顔をあげた。

「ああ、リーマス」

彼の顔を見ると、は自然と笑顔になった。
ルーピンはちょうど大広間に入ってきたところで、生徒たちの目を気にしながらも、彼女に小声で話しかけた。

「今日の夜、空いてる?たまには外に食事でも」

昨日も一緒だったけど、とルーピンは付け加えるように言って、微笑んだ。
はすごく嬉しくて、頷きかけたけれど、今の自分の現状を思い出して悔しそうな顔をした。

「ごめんなさい、あの、今明日の朝までにどうしても終わらせなくちゃいけない仕事があって…
 今夜はちょっと難しいんです。来週末なら大丈夫なんですけど。」

が申し訳なさそうにルーピンを見上げると、少し彼はがっかりしたようだったが、
すぐにいつもの優しい笑顔になった。
「オーケー、じゃあ来週にしようか。仕事、がんばって。」
「はい、ありがとうございます」

は一度にっこり笑うと、本当に急いでいるようで、廊下を小走りで去って行った。
ルーピンはそんな彼女の後姿を見送って、ふと、苦笑いをした。




『私は本当にタイミングが悪いな…』




断られたとはいえ、贈り物ぐらいは置いておいてもいいか。生徒たちに見習って。
そもそも、バレンタインは少しサプライズがあって、ミステリアスなイベントでもあるし。
慌てて用意した花束だって、今日中に彼女に渡したほうがいいに決まってる。

ルーピンは学生の頃も、バレンタインの日には差出人が分からないカードをいくつかもらった覚えがある。
もちろん、シリウスやジェームズと比べれば、些細な数だったが。
それでも誰かが自分に好意を持ってくれているということは、ルーピンにとって嬉しいことだった。
だから、にも何かしてあげたいと思った。



人目につかないように、ルーピンはプレゼントを持って、夕食後の静まった時間にの部屋の前に来ていた。
彼女は夕食の席には顔を出さなかったので、ルーピンは若干心配になっていた。

彼は誰もいない彼女の教室へ足を踏み入れると、また同じような光景を目にして、一人で笑ってしまった。
なぜなら、彼女の教卓の上も、たくさんのプレゼントやカードの山で溢れていたからだ。
この様子だと、きっと彼女はこのプレゼントの存在にも、バレンタインという日のことにも気付かず、
仕事に没頭しているのだろう。

ルーピンは、の研究室へとつながる扉に視線を移した。
扉は少し開いていて、そこから明るい光が教室へ漏れている。
隙間から中を覗いて見えるデスクには、なぜか彼女の姿はなかった。書類だけが山積みに置かれている。

?」

軽くノックをして、彼がの研究室へと入ると、パチパチと、暖炉から薪が燃える音が聞こえた。



「こんなところで寝ちゃって」

呆れた声とは裏腹に、ルーピンは愛しそうな眼差しで、彼女を見下ろした。
は炎が上がる暖炉の前の絨毯の上で、すやすやと横になって眠ってしまっていた。
脇には本や羊皮紙、ペンなどが転がっている。

ルーピンは静かに、眠るの横に腰を下ろすと、暖炉のせいか赤くなった彼女の頬にそっと触れた。
そこはとても熱くなっていて。彼はしょうがないな、と小さく呟くと、彼女の穏やかな寝顔を眺めながら、微笑んだ。
そして、優しい声音で囁いた。

「あまり無理しないで」









「…ん……」

なんだかとっても温かくて気持ちがよかった。
ぼんやりとは目を開けると、暖炉の炎がまだパチパチと燃え上がっていた。

「…眠い……あれ、なんでこんなとこで眠って…」

温かいのもそのはず。なぜかブランケットが体の上にかかっているから、気持ちよくって。
ぬくぬくしながらも、彼女が記憶を辿っていけば―

「ああっ!!眠っちゃった!!!」

慌ててがばっとその場から起き上がり、は辺りに散らばったものを手にとってデスクへと向かった。

「やっぱり、暖炉の前でやるんじゃなかった!昨日から、私最低…」

唸りながらも、はふと、ソファ近くのテーブルに置かれたものに気付いた。
真っ赤で綺麗なバラの花束と、その横にある箱と、なぜか中身のないティーカップとソーサーが一組。
彼女は少し驚いたが、そのプレゼントの側によると、嬉しそうに花束を手に取った。
バラの香りに包まれて、は瞳を輝かせた。

「―なんで?」

プレゼントの箱を開けてみれば、の大好物のアップルケーキが1ホール。
それと同時に、空だったティーカップはひとりでに、温かい湯気のたった紅茶で満たされていった。

「やだ!」

は気の利いた魔法と大好きなケーキに、とても嬉しくて笑顔になって、
花束に添えられていたカードを開いた。そして、頬を真っ赤に染めて―
しかし、一瞬の感激もつかの間、はあることに思い当たって、愕然とした。


「…忘れてた…」

ソファに力なく座り込むと、は手で顔を覆った。すっかりバレンタインデーのことを忘れていたのだ。
忙しくてそれどころじゃなかった。こんなイベントごと、今まであまり忘れたことなかったのに。
昼間のルーピンの表情を思い出して、はますます申し訳ない気持ちになった。
それでも、彼はプレゼントだけは置いていってくれたようで、目の前には美味しそうなケーキと紅茶が並んでいる。
もちろん、カードにルーピンの名前は書いてなかったけれど、すぐに分かった。


お腹も空いているし、喉も渇いているし、は気を取り直してケーキを口に運んだ。
甘くて美味しい味が口の中に広がって、思わず笑みがこぼれる。

バラの花束なんて、もらったことがなくて、はすごく嬉しかった。
ルーピンにバラの花なんて、ちょっとミスマッチで面白いけど。
本当に、彼の一番愛する人に自分がなれているんだという、しるしのような気がして。
それにカードに書かれた一言。それがなによりも胸をときめかせてくれる。

ルーピンのことを思うと、胸が幸せな気持ちでいっぱいになって。
彼が大好きで大好きで、しょうがなかった。

「リーマス、ありがとう」


熱い紅茶を一口飲み、ふうっと甘いため息をついて、は思った。

仕事が終わったら、一番に彼に会いに行こうと。







"君は私の全てにほかならない"














(2008.2.12) 時間ない中書いたので、あまりちゃんと書けなかったのですが(汗。みなさんが楽しんでくれるといいな。
        ちなみに、イギリスのバレンタインはよく知らないので調べてみました。バレンタインの詩も(笑。


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