「はぁ、大分片付いた!」
「そうだね。はい、どうぞ。」

差し出された水の入ったコップを、ありがとう、と受け取ると、はソファの上に疲れた腰を下ろした。
同じように横に座った彼を、口をとがらせながら少し睨む。

「どうかした?」
「あのですね、どうかした、じゃないですよ。
 キッチンとか、このリビングだって、こんなに散らかってなかったはずなのに…」

はこの家に久しぶりに入って驚いたのだ。
長年誰も使っていなかったはずの家なのに、物があちこちに散乱していて。
マグルである叔母が管理してくれていたので、埃はなく綺麗にはされていたけれど。

彼女に言われて、ルーピンは肩をすくめて見せ、いたずらっぽく微笑んだ。

「あいにく整理整頓だけは苦手でね。」
「そうみたいですね。」

はホグワーツにいた時の彼の研究室を思い出して、
しょうがないな、と楽しそうに笑った。





たいせつ






「…何か手伝おうか?」
「えっ?!あ、だ、大丈夫です…ああっ!」

沸騰しすぎて鍋の外にこぼれたスープを見て、は慌てて火を止めた。

「ああ、もう。…えーと、あとは…」

彼女の背中を眺めていたルーピンが話しかけても、は全く聞く余裕がないようで、
料理をしているのに、段取りが悪くてキッチンをうろうろしていた。
長旅で疲れているだろうに、夕食は自分が作るといってはりきっていた。
以前、料理はあまり得意じゃないと言っていたのに。そんな彼女が初々しくて愛しくて、ルーピンは目を細めた。

「じゃあ盛り付けだけでも手伝うよ。これ、いいんだよね?」
「え、はい」

言ってる間に手を洗って、サラダをささっと盛り付ける彼に、は思わず動きを止めてしまった。
しかも呪文も何も唱えず。不器用だと言っていたルーピンが、嘘のようだったのだ。

『うっ、キレイ。盛り付けのセンスが違う…』

自分を見たまま佇んでいるに気付いて、ルーピンは微笑んだ。

「独りが長かったからね。ある程度は自分でできるようになったんだ。
 まあ、ちゃんとした食事をすることも少なかったけど。」
「そ、そうなんですか…」

自嘲気味に話したルーピンを、彼女は少し頬を染めて見つめた。







「…どうですか?」

恐る恐る上目遣いで自分を見るが可愛くて、ルーピンはスプーンを置いて微笑んだ。

「うん、美味しいよ」

それを聞いたの顔は、こわばった表情から一転、嬉しそうに、はにかんだものへと変わった。
だが次の彼の一言は余計だった。

「苦手って言ってたから、もっとひどいのかと思ってたよ。」
「……。」

…それって、褒めてるの?

ルーピンの向かいに座っていたは、思わず肩を落とした。
パンをちぎりながら、ふてくされたように彼女は言った。

「やっぱり私、料理はダメ。明日からあなたが作ってください。」
「ん?なんで?美味しいのに。」
「だって、今言ったじゃないですか…」
「こうやって君が私のために作ってくれるのが、今はすごく嬉しいんだよ。」

そう言ってルーピンは、にこっと、本当に嬉しそうに彼女に向かって微笑んだ。
それを見たは、頬を染めながら、黙って食事に手を伸ばした。

『リーマスって、ずるい』

と思いながら。









バスルームから出ると、は彼がいる寝室へ向かった。

ルーピンが先にベッドに横になっていて、読みかけの本を持ったまま、うたた寝をしていた。
そんな彼の姿を見て、これからはこの人とずっと、一緒にいられるんだと思うと、
は今この時が、この上なく幸せに感じた。
胸が幸せでいっぱいで、幸せすぎて、涙が出そうなくらいだ。


「あらら、髪の毛濡れたままじゃないですか」

ベッドの脇に腰掛けたは、まだ湿っているルーピンの額にかかる前髪をつまんで笑った。

「…ああ、ごめん」

ルーピンは眠たそうなまぶたを開けてを見上げた。
ランプの薄明かりで見る彼女は、まだ髪も濡れたまま、なんだか艶っぽくて。
彼の大きな優しい手がの頬に触れると、彼女はその温もりで気持ち良さそうに目を閉じた。
その仕草が愛しくて堪らない。ルーピンは、少しかすれた声で彼女の名を呼んだ。





「…髪乾かさなくっちゃ。」


ひらりとベッドから降りると、は何事もなかったかのような顔をして
杖の置いてあったテーブルのほうへ向かった。

「……。」

なんだか肩透かしを食らったようで、ルーピンはつい言葉を失う。
彼女はマイペースに、何かを杖を振って呼び寄せた。手招きしてルーピンを呼ぶ

「さ、そこに座ってください。乾かしますから。」
「いつものように魔法を使えば早いのに。」
「私はこっちのほうが好きなんです。」

わざわざ自分のトランクに忍ばせていたドライヤーをコンセントにつないで、
壁際の椅子に渋々腰掛けたルーピンの髪を、は乾かし始めた。
熱い風が吹いてきて、なんだか気持ちがよかった。

「ふふ、大きい子供がいるみたいです。」

そう言って微笑む。ルーピンも片眉を上げて彼女を見上げ、笑った。
テーブルに置いてある彼女の杖を拝借して、彼がくるくるっと杖先を振ると、
の髪はふわっと、一瞬で乾いた。

「もう、そんなに急いで乾かさなくてもいいのに。」
「私を焦らしてそんなに楽しいかい?」
「…だって風邪でもひいたら困るでしょ?」

彼女のまるで母親のような口ぶりに、苦笑いをするルーピン。
はカチッとドライヤーのスイッチを切ると、今度は櫛を取り出した。
本当に、幼少時代に戻った気分だ、とルーピンは思った。

「夏だし、放っておけば乾くんだけどね。まあ、私が風邪ひいたって別に…」
「リーマス、」

は櫛をテーブルの上に置くと、屈んで彼の顔を覗き込むようにして言った。


「もうあなた独りじゃないんですよ?
 もっと自分を大切にしてくれないと」



何気ない一言だったけれど、彼にとってそれは、特別な言葉だった。



「大袈裟だな、は。髪乾かさないぐらいで。」
「えっ、そんな、」

照れ隠しをして笑うルーピンに気付かず、は本気でうろたえていた。


そっと、彼女の左手をとると、その薬指には彼が贈った指輪が輝いている。
視線を上げれば、彼女も自分を見つめ返してくれる。


「ねえ、
 この先、君には苦労をかけてしまうかもしれないけど―」

少し遠慮がちな彼の言葉に、はふわっと優しく微笑んだ。


「あなたと、ここまでくることのほうが大変だったんですもの。
 苦労だなんて、私が思うと思いますか?」




立ち上がり、抱き寄せると、彼女の洗いたての髪は甘い香がした。



「君を幸せにするよ」



頷いたが、顔をあげてルーピンに嬉しそうに微笑むと、
彼はゆっくりと、慈しむように、彼女の唇に口づけをした。














(2007.10.25) 久々の短編です。リクエストが多かった、『Believe in you.』連載直後のお話。あま…


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