ハロウィーンの日、がブラックに襲われて階段から落ち、
病棟でしばらく休むことになったのは、学校中に知れ渡っていた。
ダンブルドアが朝の食事の席で、全校生徒に注意をするよう促していた。

彼女のいる病室は、たくさんの生徒が何度も見舞いへやってきた。
だから休み時間や放課後は、とても賑わっていた。
も嬉しそうだったが、その賑やかさを見かねたマダム・ポンフリーが、何度も生徒を追い出していた。
同じ病室にいる他の生徒もも休めないし、うるさくてしょうがなかったのだ。
5年生の、双子のウィーズリーがいる時なんて特に。


「ハリー、あなたはお見舞いに行かないの?」
訝しげに見つめて聞いてくるハーマイオニーに、ハリーは首を振った。
「ごめん、ちょっと今日はいいや。別の日に行くよ。」
「……そう。分かったわ。じゃあロンと行ってくるから。」

あまり深い詮索をしない彼女は、そのまま不思議な顔をしたロンと一緒に、
談話室を出て、がいる病室へと向かった。
きっとハーマイオニーのことだから、ブラックのことに関して、いろいろ詮索するつもりだろう。
そう思い、ハリーは少し気持ちが重たくなった。

この夏、ホグワーツへ戻る前に聞いていた。シリウス・ブラックは、自分を襲うためにアズカバンを脱獄したらしいのだ。
だからが怪我を負ったことに対して、多少の罪悪感があった。
謝る、というのも変だけれど、と一人で話をしたい気分だった。





ルーピン30のお題

29. ハリー・ポッター






翌日の朝、ハリーは見舞いへ行くことにした。
朝食の前ならば生徒もいないだろうし、も起きているだろうから。
何度か病室に世話になっているハリーだから、病室の食事の時間も、大広間と一緒であることを知っていた。

少し冷えた廊下を、一人歩きながら思った。先生になんて言えばいいんだろう。
僕は、何が聞きたいのだろう。ただ単に、無事な彼女の顔を見たいだけかもしれない。
それにしては、一人で行くなんて大胆すぎないか?


そんなことを考えていると、もう次の角を曲がれば、病室へと着いてしまうところだった。
ふとハリーが視線を上げれば、見慣れた人が、角を曲がったのが見えた。
思わず反射的に、声をかけようと口を開きかけたが、ハリーはすぐに口を閉ざした。
一人で話したくて、せっかくこんな朝早く来たんだ。ここで来た道を戻るのも馬鹿げている。
でもどうしようか、先客が帰るのを待つ?

ハリーは一瞬躊躇したが、病室の入り口へと向かった。
静かな廊下に、部屋の中の声が小さく聞こえてきた。ハリーは入り口に突っ立ったまま、動けずにいた。

朝の病室は、暖かな日差しが差し込んでいて、とても明るい空気で満ち溢れていた。
ハリーが見た人物―ルーピンは、部屋の一番奥のベッドの手前で、微笑んでいた。とても優しい表情だ。
いつも疲れている雰囲気を漂わせているが、この時ばかりは嬉しそうだし、
そのせいでハリーには彼が少し若く、年相応に見えたぐらいだ。

"ごめん、起こしちゃったかな?"
"いいえ、大丈夫です。"

ルーピンの声に答えたのは、寝起きのの、少しかすれた声だった。
ベッドの脇のカーテンで区切られているため、彼女の姿は見えなかったけれど、
カーテン越しのシルエットで、が自分の目をこすった仕草がハリーにも分かった。


でも次の瞬間、ハリーは我が目を疑った。
ルーピンが一度頷いたかと思うと、さりげなくベッドの脇に近づいて、
その長い影がの影に覆いかぶさったのだから。



『?!……今、ルーピン先生が…?』

信じられないようなものを見てしまって、ハリーは一瞬、頭の中が真っ白になってしまった。


"おはよう、。よく眠れた?"
"ええ。"


いつもの、優しいルーピンの声が聞こえる。
だって、どことなく嬉しそうだ。カーテン越しで、2人とも顔は見えないけれど。


ハリーはとても恥ずかしくなってしまい、自分の頬が熱くなるのを感じた。
ここにいてはまずい。
そう思い、ハリーが後ろに一歩下がり、来た道を振り返ろうとすると、

「あら、ポッター!どうしました?こんな朝早くに」

マダム・ポンフリーが少し驚いた表情で、ハリーを見つめていた。
ハリーはあまりのタイミングの悪さに、心の中で彼女に悪態をついてしまった。

「ハリー?」

まったくついてない。なんて日だ!

今度はマダム・ポンフリーの声に気がついたルーピンが、顔を覗かせて彼を見ていた。
ハリーはまだ赤い顔で振り返ると、苦笑いをしながら、おはようございます、と挨拶をした。

「おはよう。…あー…、君も彼女のお見舞いに?」
「はい」

ハリーは咄嗟にルーピンから視線を外した。
しかし、近づいてきた彼は、ハリーが耳まで赤くなっているのに気付いたようで、
照れたような、少し困ったような曖昧な笑顔を浮かべた。

「ハリーが来てくれたの?」
上半身を起こしたが、カーテンを少し開けて、嬉しそうな顔を覗かせたので、ハリーはますます顔を赤くした。

「それじゃあ私はもう行くよ。またあとでね、ハリー」
ルーピンはに一度微笑んだ後、ハリーの背を押して彼ににっこりと笑いかけた。
少し呆れた表情のマダム・ポンフリーにも挨拶をして、彼は病室をあとにした。
「まあ、毎日ご苦労様だこと!」
そう小声で言いながら、マダム・ポンフリーは手にしていた器具を置いて、病室のワゴンを整理し始めた。


「怪我の具合はいかがですか?」
「ええ、ありがとう。大分よくなったのよ。骨折もしてなかったから、ほんと悪運が強いっていうか。」

にすすめられて、ハリーはベッドの脇の丸イスに腰掛けた。
微笑む彼女の腕や首には、まだ包帯や湿布があるけれど、元気そうだった。
だから、ハリーは少しほっとして、微笑み返すことができた。
でも、なかなかブラックのことを口にするような雰囲気ではなくて、どういったらいいのかハリーには思い浮かばなかった。 しかし、少しの沈黙のあと、そんな彼を見つめていたが言った。

「みんな誤解してるんだけどね、私、ブラックに襲われて怪我をした訳じゃないんです。
 自業自得っていうか、自分でドジを踏んでしまったの。階段なんて、人生で1度や2度転がり落ちることがあるでしょ?」

は面白そうに、子どもっぽい笑みを浮かべた。

「だから、ハリー、あなたも気をつけてね。そそっかしい私みたいな大人にはならないように。
 それから…、心配してくれてありがとう。」

彼女の優しい微笑みに、ハリーは救われたような気がした。
彼の気持ちも分かっていて、温かい眼差しを向けてくれる。それが、とても嬉しかった。
ハリーととは、今まであまり接点が無いというのに。
胸がいっぱいで何も言うことができなかった代わりに、彼は静かに頷いた。

そうか。分かった気がする。


「先生って、ちょっと似てますね。」
「え?」

ぽつりと呟いたハリーの言葉に、はきょとんとして、微笑む彼を見つめた。

「ルーピン先生に」
「ええっ?!どこが?」

今度はが真っ赤になる番だった。
なんとなくです、と言って笑うハリーの答えに首を傾げた
やがて、気恥ずかしそうに彼女も笑った。


微笑んだままのが、ふと視線を横にそらし、何かを見た。ハリーもつられて彼女の視線の先を追った。
窓の桟に置かれた小瓶に挿してある、色とりどりの可愛らしいガーベラ。

「私もね、彼のような教師になりたいな、と思うの。」

そう言って、愛しそうにその花を見つめる





少し寂しいけれど、羨ましくも思うけれど。

自分に同じように、優しい眼差しを向けてくれる二人を、

ハリーは好きだと思った。
















(2007.11.28) いつもイチャイチャしててごめんなさい(笑。そして、ハリー…ごめんね。


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