それはちょっとした好奇心からだった。

いつもなら、それが違う人のものだったら、きっと気にならなかっただろう。




私は彼女の想い出に、足を踏み入れてしまった。






ルーピン30のお題

17. 初恋

-前編-







いつもと変わらない廊下に、ルーピンはひとり、佇んでいた。
ただ季節は冬で、外の景色は淋しげだった。
ここは彼女の記憶の中だから、寒さは感じるはずはないが、なんだか肌寒い気がした。

しばらくすると、廊下の向こう側から、賑やかな話し声が聞こえ始めた。
もうすぐ始業するからなのか、生徒たちががやがやと廊下を歩いてくる。

そこに、見慣れた髪の女の子がいた。ルーピンには、一目でそれが誰なのか分かった。
教科書を胸に抱えただった。楽しそうに、女友達と一緒に何かを話している。
その優しい笑顔は今とほとんど変わらない。少しあどけない感じのする美少女だった。
もし同じぐらいの年だったとしても、きっと彼女に恋をしていたかもしれない、とルーピンはふと思った。

「ああっ、もうほんとに五月蝿いんだから、ママってば。
 N.E.W.Tは学期末だから、もうちょっと時間あるっていうのに。」
「しょうがないじゃない、トンクス。
 プレッシャーかもしれないけど、闇祓いになるんだったら、ひとつも単位落とせないでしょ?」

愚痴を言いながらもトンクスが母親の顔を真似をすると、周囲にいる生徒たちが笑った。

も大変だよね。N.E.W.Tの他に魔法薬師の資格試験も受けるんだっけ?」
「あー…、そう。一応、そのつもり。」
「なによ、。まだ迷ってるの?」

気のない彼女の返事に対し、トンクスは少し呆れた顔をしていた。
珍しい魔法薬師を目指していたのか、とルーピンが彼女たちの会話を聞いて感心していると、
次にトンクスの、とんでもない発言を耳にすることに。

「もー、やりたいこと別にあるんだったらやればいいのに。
 スネイプ目当てで魔法薬の補習受けるのは、どうかと思うけど?」
「!!ちょっ…、トンクス、声が大きいわっ。」

慌ててトンクスの腕を揺すったは、真っ赤になりながら周囲を見渡した。

「ち、違うわよ、私は本当に魔法薬に興味があって…」




やっぱり。

何故よりにもよって、スネイプ?

ルーピンは前から薄々感じていた。彼女がスネイプに対して接する態度の違い。
それは、少し特別なものだったから。




次の瞬間には、ルーピンの目の前に薄暗い教室が広がっていた。
生徒たちの前には、鍋や薬の材料などが広がっていて、それぞれの鍋からもくもくと同じ色の煙が立ち込めている。
さすがに最高学年のクラスとなれば、優秀な者しか授業を受けることができなかった。

はできた薬を、真剣な表情で小瓶に注いでいるところだった。
誰よりも早く薬を仕上げたは、ほっとした表情で席に座り、視線を上げた。

彼女の視線の先には、生徒たちの間を歩くスネイプがいた。
彼はまだ20代の青年で、相変わらずの顔色の悪さだ。どこか影がある感じはそのままだ。
眉間に皺を寄せたまま、じろじろと生徒たちの鍋を覗いている。

彼のどこがいいんだか、とルーピンは思ってを振り返ると、
彼女は時間を持て余したことが幸い、というように、スネイプを何度もちらちらと見つめていた。


ルーピンは思った。

これは彼女の記憶の中だけれど、
正直、気に入らない。





やがて終業を知らせる合図が聞こえた。

「調合した魔法薬にラベルをつけて教卓まで持ってくるように。
 それから来週の火曜までに、生ける屍の水薬の対となる薬を
 薬名、効能、材料、調合法を羊皮紙3巻以上のレポートにまとめること。次の授業で実習を行う。」

スネイプの一声で、生徒たちは順番に彼のデスクへと提出しに行った。
わざともたもたしているに、トンクスは片眉をあげて、声に出さずに"ごゆっくり"と言った。

全員が提出し終わったのを見計らい、はスネイプのところへ近づいた。
「…スネイプ先生、今日も…、この後大丈夫ですか?」
彼女は頬を染めて言った。まるで秘密の逢瀬のようだ。
スネイプは彼女の魔法薬を受け取ると、特にいつもと変わらない調子で、
羊皮紙に何かを書き込みながら答えた。

「ああ。だが少し用があるんだ。すぐに戻ってくる。
 悪いがこれを研究室まで持っていってくれ。」
「は、はいっ」
「それから…、あの棚の三段目にある白い粉、あれをひとさじずつ入れてくれ。
 あとで反応を見る。」
「はい、分かりましたっ」
「頼んだぞ。」

彼から頼まれたことが本当に嬉しいのだろう。は嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
ルーピンは知らなかった。彼女が、彼に対してこんな表情をしていたなんて。
スネイプも彼女の気持ちに気付かないはずないのに、気付かないフリをして頷いて彼女を見ると、
その部屋をあとにした。教師としては、気付かないほうが懸命だ。

しかし、スネイプがここまで誰かに信用を置いているのも珍しい、とルーピンは思った。
ただの、お気に入りの生徒ってだけかもしれないが…。





はスネイプに指示されたとおり、生徒たちの瓶に粉を入れると、隣にある彼の研究室へと運んだ。
ルーピンも彼女の背を追うようにしてついて行った。

スネイプのデスクへ提出物を置くと、はそのデスクの上に置いてある、あるものに気付いた。

「先生の、ノート…」


分厚くて、古びたノートが開きっぱなしで置いてあった。
羊皮紙がはさまれていたり、たくさんの走り書きがしてあって。

『そういえば、セブルスは勉強熱心だったな…』

ルーピンがふとそんなことを思っていると、は目を輝かせて、そっとそのノートに手を伸ばした。
宝物を見つけた子供のような顔をして、パラパラとページをめくり始めた。
そんな彼女の様子を見ていると、ルーピンの心の中に、言い知れぬ感情が沸き起こった。


しかしそのあとすぐ、の手が止まった。
彼女の表情が強張る。

「……」


ルーピンも不審に思い、ちらっと彼女の視線の先を見下ろした。

パタン、とノートをすぐに閉じてしまったは、少しの間呆然とした表情で佇んでいたが、
やがてスネイプとの補習があるにも関わらず、走って部屋から出て行ってしまった。


の後姿を見送ったまま、ルーピンもその場に立ち尽くしていた。

見てしまった。彼女の視線の先にあったものを。


次の記憶へと移る寸前に、ルーピンは一瞬苦笑いをし、それからため息をついた。



『セブルス、君って人は…』













(2007.11.9) 続きます。



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